2019.03.10

『まんがで知る未来への学び』

今日は予報通り9時過ぎから雨。
午前、読書。『まんがで知る未来への学び』。
フムフム。いよいよボクの想像がつかない世界へ向かっていくのやな。
ボクが夢中になった「法則化運動」は、一時間の授業技術。
定年10年ほど前、ボクに入ってきたのは『学び合い』。これは一時間ではなく卒業してからもを視野に入れた考え方。
去年公示された指導要領に「社会」がはっきりうたわれている。(『学び合い』も「社会」とそれに関わる一員という視点はあった)
つまり、射程距離が長くなるだけではなく幅も僕らの若い時代と変わってきているということかな。(いや、以前からあったのかもしれない。「生きる力」 云々とか。…。気づいてなかっただけかも知れない)

『学び合い』といえば西川純氏の「一人も見捨てない」という言葉は、教師は使っても(思っていても)いいけど、codomoが使うのはな~という抵抗感があって結局codomoたちにはおろせなかった。
しかし西川氏は言う
※※※※※
 「一人も見捨てない」は言葉がきついと言われる方がいます。おそらく、その方の「一人も見捨てない」は言葉がきついのでしょう。
 「一人も見捨てない」は人を見下げた言葉だと言われる方がいます。おそらくその方の「一人も見捨てない」は人を見下げた言葉なのでしょう。
 しかし、上記の姿を知っている私にとっては「一人も見捨てない」という言葉は温かい言葉です。学校を卒業した後の長い人生で、奈落に落ちていく子どもを救う魔法の言葉です。
 どんな言葉も、方法論も、それを用いる人の心の鏡なのです。だから批判する人の言説を読むと、その人が当然としているものが見えます。」
※※※※※
ボクは1時間、1時間の授業で精一杯やったんや。

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2019.02.12

「きのくに国語の会」の研究会に参加した

所属している「きのくに国語の会」の研究会に参加した。じつは今年初めての参加なのだ。だから、年会費を払ったのだった。
2年の授業者は最後の職場の最後の年の元同僚。今年で3年目。
5年の授業者は最後から2番目の職場で日付が変わった頃の酔っぱらいのうだ話につき合ってくれた人。「あのとき教えてもらった『言われない作戦』を今でもやっています」と言ってくれた。
2日(土)の研究会は朝が早くてDNSやったけど、今日は9時に家出すればOK。
開始ギリギリに着いた。
150人以上が参加するらしい。すごい数やな~。
150人以上の参加というと、1985年の新潟大学附属新潟小学校での大森修先生の授業を思い出す。まるですり鉢の底での授業、という感想を持ったな。

2人の授業はもちろんボクにはできない授業。codomoとの距離感が近い。
こういうのを見ると、行かんでよかった~(再任用ね)と心の底から思うな。

運営もよく考えられていて、まず、参観者はどちらを中心に見るかを決める。
初めの2年に決めた人から移動開始。すると2年中心の人が座って参観でき、5年中心と決めた人は立って参観。
授業が終わって5年の教室に移動する時はそれまで立っていた人が早く次の教室に行くことができ、座れるという仕組み。(ボクは2時間とも立って見たけど)

昼は「まるやま」でチャーシュー麺。
とても懐かしい味。研修センター時代にはけっこう行ったな。

午後からの協議会にも参加。
今時の協議会はどんなんだろう、という野次馬根性から。
中身は、昔とそんなに変わっていなかった。まだ話の中身にはついて行けるな。
司会の先生が上手やったね~。質問を聞いているのに考えを言った人に、さらりとそのことを気づかせることを言って会を進めていく。

参加は協議会まで。
その後、文科省の人の指導講評と講演があるのだがボクにはもう必要ない。

めったに書かないアンケート用紙に記入して退出。
とりあえずのペア(グループ)活動になっていませんか」というのが主旨。

緊張感のあるええ空気やったな。

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2019.02.11

闘わないものが…

下の記事はまさに中島みゆきの「ファイト」♪闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろ♪やな。
嫌な記事やな。

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2019.02.10

結果は見えていた

課題を知り、予想を立て、確かめ方(実験方法)を考え、そして実験するというような古い(オーソドックスな)理科の授業をしていた先生が、とうとう立ち行かんようになったらしい。
そらま、そうやわな。
だって子どもたちは既に結果(結論)を知っていて「答えを知ってるから予想がたてられない」と4月の段階で言っていたのだ。
そういう話を聞くと、あぁ行かんで良かった(再任用ね)と思うな。
アップデートできなくて昔の方法でごまかしているなら行く行くはそうなるに決まってる。
若ければ何かでごまかせるかも知れないけど、歳いったらあかんのよ。常に新しい何かを考えてなきゃ。
かつて「種子は水に浸かると発芽のスイッチが入る。水に浸かっても芽を出させない方法はあるか」とか、全く真逆な課題を与えたことがあるな。もう、20年ほど前のこと。

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2019.01.09

意思

校長をしている友人が「‘もういくつ寝ると退職の日’はやく4月になってほしいと願っています」と、年賀状に書いてきた。
ご苦労さまなことやな。お疲れさま~。

でもそっちへ渡ったのはあなたの意思やから…。
Bossに管理職試験の受験を推された時(今は自薦でもできるはず)ボクのようにズウッとズッと断り続けることもできたんやから。

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2018.11.05

『授業づくりネットワーク』NO.30「授業記録を読もう!書こう!」

『授業づくりネットワーク』NO.30「授業記録を読もう!書こう!」の
p25に次の記述がある。
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『時間になりました。じゃあ座ります。今日は誰からいこうかな』
一人を指名する。『Sさん』
「おお」「やっぱSか!」などの声があがる。
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一斉授業じゃなく、いわゆる『学び合い』の「立ち歩き交流学習」(?)を終えたあとの展開である。
ここで疑問を感じた。
教師はなぜ「Sさん」を指名したのかということについてである。
「おお」「やっぱSか!」だけでは「Sさん」はどんな子か分からない。しかし発言内容から「Sさん」はしっかり考えられる子だと思われる。独りででもしっかり考えられる子だと思われる。(推測を重ねて強引にもっていってるけど(^^ゞ)
ならば「Sさん」にとって「立ち歩き交流学習」の時間は何だったのだろう。

「ペアで話し合ってごらん」と教師が指示を出し、時間がくると挙手をした子を指名するのを見たことがある。挙手をした子はいつでも手を挙げている子だ。手を挙げていない子はペア活動の前も手を挙げなかった子だ。
とすれば、何のためのペア活動なのだろう。ま「とりあえずのペア活動」とでも言ってもよいのかもしれない。

ボクが一斉授業から『学び合い』の「立ち歩き交流学習」を取り入れ始めた頃、子供の発言に「交流前に自分で考えていたことと友達と交流して思ってもみなかったこと(広まったこと)や深まったことが分かるように発言する」ということをしつこく言っていた。この言い方なら「初め独りの時は思いつかなかったけれど、○○くんの…という考えを聞いて~となりました」のような言い方も可能である。
交流後、全員に言わせる時間を取ったこともある。発言順はランダムな時もあったしグループ(班)順の時もあった。挙手した子だけの発言で済ませたくはなかった。

考えを交流し合うと、それまでの一斉授業では得られないものがあるということをボクが一番納得したかっただけのことだけど。

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2018.10.24

謎言

市一斉の研修日、第一回目。
一昨年は二回。去年は10月のを忘れていて11月に一回参加。
「○○は、今までよく使われてきたゆさぶり発問とか切り返し発問とどう違うのですか」とそこで言った一言がきっかけとなって、その学校の研究を見直すことになっているとか…。
そらそうよな。どんな力をつけたいかということを抜きにしてるから。まるで言葉遊びやん。
「とりあえず並行読書」もそう。どんな力をつけるために並行読書をさせるのか。きちんと答えられるのか。こんな力がついたという先行実践に当たっているのか。
「単元を貫く言語活動」が出てからだめになったな、ボクの知ってる範囲での国語教育は。
キャッチーな言葉を創り、その説明(理由づけ)に汲々となってる感じがする。次の学習にそのキャッチーな活動が生きるのか、ということを考えているのか疑問や。
で、今日の研修一覧表を見て、行くのをやめた。授業者で知ってる人はいない。もうボクの時代じゃない。
今年参加予定の研究会は一つ。もしかしたら二つになるかも。と、まだこんなことを言ってる。

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2018.09.04

置き勉

「文科省が「置き勉」認めるよう通知」やて。そんなことも通知してもらわんとできんのか。
はい、ボクはとっくに試行してましたよ。社会科関係は置き勉すべし、と。
教科書は紙質が良いらしく重い。社会科では教科書以外に資料集、地図帳などが加わる。これだけでも減らしてやれと思って社会科関係は置き勉すべし令を発令したのだった。
置き勉すれば忘れものもなくなるのにね~。実際、音楽科の教科書等は「音楽セット」といって布小袋に入れて机の横に掛けているのに。

ちなみに、夏休み前や冬休み前にも「荷物は置いておいてもええで」やった。所謂、お道具箱ね。
持って帰ってそのまま持ってくるのであれば置いていても変わりない。
補充、補完、交換するのであれば別やけど。でも、なんで全部お持ち帰りする必要があるんやろ、と思っていたから。


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2018.06.22

本を読め、若者

本を読め
久しぶりにギョーカイ本『2030年教師の仕事はこう変わる!』。
今変わりつつある制度をもとに論を展開しているからいつものように説得力あるもの。
でも、本を読まない息子はこういう世界が来るであろうことを想像できない。

今、彼は「的(まと)」という言葉にもてあそばれている毎日。
「的」という言葉を設定したBossは、もう退職して(おそらく若手を指導する仕事に就いているだろうけど)その学校にはいないのに…。そして「的」について深く勉強をしたくてもそんなことを書いた本はない。だから多義性のある「的」という言葉を巡ってあれやこれや…なんだろう。
こう考えると、キャッチーな言葉を用いたBossは罪深いね。Bossは数年で変わるのに。Bossがいなくなったその年から変えりゃあいいけど、そんな勇気のある若者はいない。
なんで先人の研究に学ぼうとしないのだろう。
ま、殆どのcodomoが塾に行ってるらしいから…。…。

お断り。
この頃息子と職場等の話をしていないので1行空き以降は酔っぱらいの単なる妄言です。

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2018.05.19

免許証更新

ボクらは免許更新制度の一期生だった(笑)。

当時の日記(2009.6.27)を読み返してみる。
全3回のうち第1回目は地元の大学で。1回6000円の受講料。
講師の人は同じ歳らしく自己紹介の時「下手をすればそちらに回っていたかもしれません」なんて一発目から、ムカつくことを言った。そうでなくても「え~、なんで降って湧いたように免許更新!いっこ上の人は受けなくてもええのに」と制度化された時からずっと不満だったのだ。
そして「向山洋一を知っている人は手を挙げて下さい。小学校の先生。…。中学校の先生。…。高校の先生。…。ほらね、上に行くにつれて知ってる人が少なくなる」と(当たり前で)またまたムカつくことを言って五色百人一首に対抗した(悪意を持って)百人一首の何かの講座を始めたのだった。
で、何が残っているかというと、最後の論述(?)でシャーペンを持つ手がジンジン痛くなってきて、思うようには書けなかったこと。

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