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2004.08.12

『感じない子ども こころを扱えない大人』

『感じない子ども こころを扱えない大人』 袰岩 奈々(集英社新書)
小さい頃、ポーカーフェイスという言葉に漠然とあこがれを抱いていた私は「気持ち」をストレートに表すのが苦手だ。だから事務的な話はなんとかできても気持ちを入れないとできないおしゃべり&懇談というのが苦手だ。
そんな私が話せるのは「モノ語り」。p82にはこのことについて次のように書かれている。「学生時代、理科系の大学に通っていたせいか、周りに『モノ語り』の人々が多かった。彼らは延々とバイクや車の話をしているだけで時間をすごせる人達だった。あるいは新しいコンピュータやメカの話をし続ける。そして、その話を続けることで、わずらわしい人間関係や内面を語るようなコミュニケーションを回避しているようにも見えたのを覚えている」。
その通りだった。じつは今もそうだ。

仕事で気持ちを扱うことが多い(扱わなければならない)私にとって参考になることがいっぱいある。
例えば、今までの私は「どうしてそう思うの?」と聞き返したり「じゃあ、こうすれば…」というような「問題解決モード」で子どもたちに接していることが多く、「共感モード」の言葉が少なかったようだ。←p94
それは無意識的に「何か質問されたら、すぐに答えを出さなくてはいけないという思いが、多くの大人のなかにある。正しい答え、有無を言わせない答えを提示しなくてはいけないと思うから、威圧的な答えや、決まりごと(ルール)としての答えになりやすい」p179 という人を演じていたのだろう。
そうではなく、すぐに正しい答えなんて見つからない、といったん考える。次に、目の前の子どもがどんな気持ちになっているのかを考える。そして子供が、「このおじさんはもしかしたら自分と一緒に考えてくれる人なのかも?」と思える言葉を言えればいいのではないか(難しいけど)、と思った。
と、簡単におさめてはいけないが、この仕事についている限り、意識的に子供の気持ちを考える勉強をしなくてはならない。←ここが足りないのだ。←センスがないのだからその努力をしなければならないのだ~。

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