« 2004年7月 | トップページ | 2004年9月 »

2004.08.26

科学的「読み」の授業研究会 夏の大会メモ

【科学的「読み」の授業研究会 夏の大会メモ@成蹊大学】
8月23、24日に行われた読み研の夏の大会に参加したときのメモである。
なお、1日目は電車の遅れで阿部昇氏@秋田大学の基調講演には間に合わなかったので、冊子からの引用になる。さらに1日目後半のメモ自体もクリエの操作ミスで消してしまった(涙)ので記憶に残っていることだけである。

【読み研】
読み研とは「子どもたちが自力で文章を読むことのできる力をつけるということ」を目指している研究集団である。
昨今の学力低下論争を受け「基礎学力の定着のために…」という取り組みの報告が多く聞かれる中、「自力で文章を読むことのできる力をつける」という文言は新鮮にさえ感じた。阿部氏は書く。「ところが、多くの国語の授業では、この子どもたちが自力で立ち止まるべき箇所を発見させるための意識的な指導が、これまであまり行われてこなかった。たいていは、教師が『ほらあなの中で、ごんはどんなことを考えたかな。』などとその着目すべき箇所を一方的に指示してしまう。教師が発問をして、読むべき箇所を提示するのではなく、子ども(たち)自身が自力で読むべき箇所を見つけ出す授業こそが、求められる」p5

【入門講座A 文学作品の授業】
講師は柳田良雄氏@松戸市立松飛台小学校。
構造よみについてはよく分かった。二つの勢力の立場が入れ替わったところをクライマックスと定義し「アレクサンダとぜんまいねずみ」で実際に探した。探すための活動だけで終わらないということが実感できた。これは使えそうだ。形象よみと主題よみについては私の理解不足。

【記念講演】
西郷竹彦氏の講演。演題は「筋は一つではない~初読の筋と再読の筋と~」
初読の時は、話者も知らなくて読者も知らない筋がある。ところが再読の場合は、話者は知らないが読者は知っている。だから筋は一つではない。

授業は再読の状況で行われることが圧倒的に多い。とすると「この時の主人公の気持ちは?」なんていつまでも問うているようでは国語の力はつくはずがないと思った。

【入門講座B 説明的文章の授業】
講師は加藤郁夫氏@大阪府立柏原東高校。
構造よみ(文章全体を前文、本文、後文に分ける)はよく分かった。そういう言葉を使わないが私も授業でやったことがある。
要約よみは「柱の文」に対する私の理解不足。
吟味よみはこれから必要とされる読み方だろう。書かれた情報を鵜呑みにしないで自分の頭で考えることが必要だ。そのための分析の観点は教師がまず身につけなければならない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

『チャンスを逃がす人活かす人』

『チャンスを逃がす人活かす人』西田通弘(かんき出版)
筆者は「チャンスというのは、ほぼ平等に我々の目の前にきているのです。それに気がつくかどうか、また気がついてもすぐに行動するかどうかが決め手なのです。しかもチャンスには年齢制限がないように思われます。五十歳や定年後の六十歳になってから花開く人もいます」と言う。p2
そのチャンスを活かすためのものごとの考え方や見方が書かれている。読みやすい。新大阪から東京に着くまでに読めた。ホンダファンの私としては本田宗一郎氏と藤沢武夫氏のエピソードや「ワイガヤ」などについて知っていることが結構ある。そういうところではなぜか読むスピードが遅くなる。それは知っていることと本文を比べながら読んでいるからだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.08.21

登校日

登校日(20日)。
サソリの標本づくりをする。
私が上がると教室の後ろにゴキブリがいるということで大騒ぎの最中だった。
グッドタイミングだ!
で、いきなり「そんなんで驚いていてはだめ。ほらここにサソリが…」とやったものだから狂乱のウズ!
本当のねらいは、サソリを包むA4用紙にサソリやクモの写真と警告文をパソコンを使ってかく方法を教えること。何とかギリギリ全員できた。

昨日の「食育」の資料(パワーポイント用)を学校のノートパソコンに残しておいてくれていたので取り出す。少し加工すれば参観日の授業などに使えそうだ。
だが76MBあるので運べない。いつも手持ちのUSBメモリディスクの空き容量は15MB。なぜかCDにも焼けないし…。結局ジャストシステムのインターネットディスクにあげて自宅でダウンすることにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食育

学校保健委員会(8月19日)。
中尾卓嗣氏@近畿農政局の講演の覚え書き。

【実物の印象深さ】
①米の一粒は0.02グラムだ。もし日本人ひとり一粒食べ残したとすると、この国でどのくらい食べ残したことになるか?
それはこの玄米の袋87個分に相当する。と言ってドサッと玄米の袋(30㎏)を置く。
②清涼飲料水(多分500ミリリットル?)1本にどのくらいの砂糖が入っているか?
それは100ccのビーカーに砂糖をぎゅうぎゅうづめになるくらい。
③ポテトチップス1袋にどのくらいの油が入っているか?
それは100ccのビーカーほぼ一杯。
予想を立てさせ、②③では実際にだれかに入れさせて進める。

【感覚はいつ磨く】
腐ったものをどうやって見分けるのか?どこで教えるのか?教える場所がない。
賞味期限の表示された情報に頼りすぎている。
匂いなどをかいで確かめるということをしない。自分の判断が弱くなる。

【いただきます】
今の子供は食物が生き物だったという実感がない。生き物は命を失い食べ物に姿を変えたのだ。

【主食はお菓子】
お菓子の購入金額全体は米の購入金額の倍。だから日本人の主食は「お菓子」だ!

【植物の「種の保存」作戦】
ピーマンは苦いから食べるのが嫌と子どもが言う。これは自然な姿だ。毒気を感じているのだ。
ではなぜピーマンは毒気を感じさせるのか?それはピーマンが未成熟な種(たね)を含んでいる緑色の頃に食べてほしくないからだ。だから苦い。これは種の保存のためだ。
種(たね)が発芽できるくらいに成長するとピーマンは“私を食べてください”とでも言うよう自然界で目立つ赤色や黄色になる。そしてそのころのピーマンはもはや苦くはない。
似たようなことがニガウリでも言える。

この日は保護者対象の講演でした。
せっかく資料を残してくださったのだから、いつかは授業化をと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.19

校内研修

講師は元上司の市研究所所長。
午前中に「あなたの授業記録を話の資料につかわせてもらうから」という電話があった。研究紀要の授業記録には私の名前は載っていないが文体で私のものだと分かったとおっしゃる。
久しぶりの所長節をうかがう。実践的な話なのですとんと入る。
いつものようにワークシート形式のレジメを元に話をされる。「1学期のご自分の授業を漢字一字で表すとどんな漢字が入りますか?」などといった具合に話が進む。
初任者研で圧倒的に第1位なのは「楽」だそうだ。「“たのしい”のか、それとも“らく”なのか…。“たのしい”だったらいいのですが…」と話は進む。
ちなみに私は「驚」。隣に座った同僚は「忍」だった。
いよいよ授業記録を分析するという話になった。
「ここのこの言い方で教師が焦ってる場面だと分かりますが、どうですか?」とお見通しだ。授業記録を書きっぱなしにせず研究の材料として活用すべきだという。
あらためてすごさを感じ、やる気も引き起こされた研修だった。
ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.17

学びは果てしなく

本の買い出し。
手にとるビジネス本のカテゴリーが変わってきた。少し前なら「時間を大切に」がらみの本が多かった。そういう本を何冊か読んでようやく隙間時間に仕事をするのが当たり前になった。自分なりに成長したと思う(笑)。
近頃のキーワードは「対応術」だ。
センスがあれば読まずにすむ。機会が多ければ実践で学べる。しかし私の場合は「まずは読んでから」なのだ。かくしてもうすぐ50歳の手習いは続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.15

『稼ぐが勝ち』

『稼ぐが勝ち ゼロから100億、ボクのやり方』 堀江貴文 (光文社)
息子に読ませたい本。
既存の社会システムの中で生きる。それも一つの生き方だろう。しかしまったく新しいプラットフォームを自分の力で用意し、自己責任で生きる生き方がある。自己責任というのはもちろん自分勝手ということではない。うまくいかなかったことを誰かのせいにしないことだ。
誰か先人が手がけたことを後追いする生き方ではなく、ゼロから切り拓いていく生き方がある。これは創造力がなければできない。しかしこれからの新しい時代にはこういう生き方があるということを知ってほしい。私の仕事でも知らせなければならないかも…。

「たとえば、ものを売るためには営業をしなくてはいけません。『何を当たり前のことを』とお思いになるかもしれませんが、実は営業をしない人って多いのです。『良い商品を作りさえすれば、自然とお客さんが集まってくるだろう』と本気で思い込んでいる人が意外に多いのです」p103
「営業がすべてなのです。ハンサムでなくても女の子をものにすることができるように、たとえできの悪い商品でも営業に行けば確実に売れるのです」p104
お高くとまっていてはダメ ということだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.08.14

人間教育実践交流会@京都ノートルダム女子大学の雑感

第19回 人間教育実践交流会「2004京都フォーラム」(8月12日、13日)に参加した。
1日目は加藤明氏、小森茂氏、有田和正氏、山口令司氏の講演があった。

はじめは加藤明氏の講演。
加藤氏の話を聞くのは野上小学校の講演に続いて2度目だ。やはり刺激的だった。
「結果としてどのような力をつけたのか、どのような育ちを実現できたのか、といった結果に責任をもつ指導」を行わなければならないという。プロセスがよくても結果がだめならだめなのだ。
で、その力が子どもたちについたとして「その力で本当に大丈夫なのですか?」と考えなければならないという。これは厳しい。
また学力テストなどでははっきりとあらわれないものについては、教師が「こんなにあなたの作文がなったのは、作文に対する力がついたということですね」と子どもに返すことが子どもの自覚につながることなので大事だという。

小森茂氏は「漢数字の部首」を例にして興味関心をひき、原理原則がわかり、さらに類推ができる授業のいったんを示された。基礎基本を教えるといっても一字一字の機械的な指導ではダメだという。
さらに言語記号がどういう言語内容を指しているのか教師は探っていかないといけない。でないと言霊主義に陥ってしまうという。
一例として「たぬきの糸車」の「紡ぐ」を挙げられた。
「紡ぐ」の意味をどのように教えればいいか。研究授業などで見られるように実際に糸車を回せばいいのか。それではだめだ。実際に糸を紡ぐのは左手でより、唇からの唾液も使うなど複雑な行為から成り立つ。そういう意味内容をとらえていないと将来「愛を紡ぐ」「夢を紡ぐ」などの比喩的な表現として使えるようにならない。またそう考えると1年生だけの指導では無理で発展的な学習が必要であるというのがわかるという。

有田和正氏はいつものようにユーモアあふれる講演だ。
出されるたとえもぎりぎりまで絞り込んでいるので印象的だ。例えば「基礎学力って何?ということがよく問題にされるけど、それは、教えても教えても、覚えないもの分からないものが基礎学力なんだ。逆に悪いことはすぐに覚えるものなんだ。だから基礎学力って何?と思ったらまず教えてみること。そうして子供が覚えないのが基礎学力だと考えればよい」というふうにである。
また、明石家さんまの対応術を教師はもっと見習うべきだという。彼はゲストがつまらない話をしても大げさに反応して場を盛り上げる。表情もそう。先生の笑顔見るために学校にくるんだと言うようにしなきゃだめ。表情も技術だという。

山口令司氏はかなり以前『初等理科教育』誌を購読していた頃にお顔だけ存じていた。熱い語り口調だ。演題は「学ぶ意欲の掘り起こしを、如何にして進めるか」だ。
学ぶ意欲を掘り起こすためには「場」はもちろん大事だ。それ以上に印象に残ったのは、教師の言葉かけが大事だということだ。例えば植物の成長ぶりをとらえたある子の言葉をとらえて「これだけ伸びた!というのがあちこちにあるよ」と他の子に語る。例えば「君たちが作ったてんびんでも、ある場所とある場所に注意すると髪の毛でも測れるようになる」と言う。例えば「淵には河童がいると言われてね~」など。→この言葉が流れの速さや複雑さに目を向けることになるのだろう。私も、予想を言わせているけど…。このような河童の話の方が子供の心にいつまでも残るだろう。

熱い思いの方々にふれることができた1日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.12

『感じない子ども こころを扱えない大人』

『感じない子ども こころを扱えない大人』 袰岩 奈々(集英社新書)
小さい頃、ポーカーフェイスという言葉に漠然とあこがれを抱いていた私は「気持ち」をストレートに表すのが苦手だ。だから事務的な話はなんとかできても気持ちを入れないとできないおしゃべり&懇談というのが苦手だ。
そんな私が話せるのは「モノ語り」。p82にはこのことについて次のように書かれている。「学生時代、理科系の大学に通っていたせいか、周りに『モノ語り』の人々が多かった。彼らは延々とバイクや車の話をしているだけで時間をすごせる人達だった。あるいは新しいコンピュータやメカの話をし続ける。そして、その話を続けることで、わずらわしい人間関係や内面を語るようなコミュニケーションを回避しているようにも見えたのを覚えている」。
その通りだった。じつは今もそうだ。

仕事で気持ちを扱うことが多い(扱わなければならない)私にとって参考になることがいっぱいある。
例えば、今までの私は「どうしてそう思うの?」と聞き返したり「じゃあ、こうすれば…」というような「問題解決モード」で子どもたちに接していることが多く、「共感モード」の言葉が少なかったようだ。←p94
それは無意識的に「何か質問されたら、すぐに答えを出さなくてはいけないという思いが、多くの大人のなかにある。正しい答え、有無を言わせない答えを提示しなくてはいけないと思うから、威圧的な答えや、決まりごと(ルール)としての答えになりやすい」p179 という人を演じていたのだろう。
そうではなく、すぐに正しい答えなんて見つからない、といったん考える。次に、目の前の子どもがどんな気持ちになっているのかを考える。そして子供が、「このおじさんはもしかしたら自分と一緒に考えてくれる人なのかも?」と思える言葉を言えればいいのではないか(難しいけど)、と思った。
と、簡単におさめてはいけないが、この仕事についている限り、意識的に子供の気持ちを考える勉強をしなくてはならない。←ここが足りないのだ。←センスがないのだからその努力をしなければならないのだ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.10

『決定版 体脂肪を燃やすスポーツトレーニング』

『決定版 体脂肪を燃やすスポーツトレーニング』藤原裕司 (宝島社新書)
読みかけて1年以上は放置状態になっていた本。今さら5キロのハラマキは除去できるはずはないと思うが、ま、何とかしたいと思わないでもなく…。
そうそうこの本に刺激を受けて買ったハートレイトモニターもあったはず。と探し出してみると02年に買ったそれはもはや電池切れ。やれやれ…。

「エアロビックシステムが発達していて脂肪を燃やせる人の脂肪は、常に新陳代謝され燃えやすい状態であるのに対して、肥満している人の脂肪は長い間体内にとどまり、湿った薪のような状態でなかなか火がつきません。また、肥満している人の身体の中では、マッチを浪費し、すぐに使い切ってしまいます。つまり、身体を動かし続けることができず、脂肪があるにもかかわらず、すぐに疲れてしまうのです」p24
ここで言う「マッチ」はグリコーゲン、「薪」は脂肪のこと。
毎日のように運動する人の中にも、脂肪分をエネルギー源として使えないで糖分(グリコーゲン)を使ってしまう人がいるらしい。
トレーニングというのは奥が深いものだな~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.08.07

『乱れているか?テレビの言葉』

『乱れているか?テレビの言葉』橋本五郎監修(中公新書ラクレ)
第1部が「ここが気になる、放送用語」、第2部が「国語教育を考える」という二部構成になっている。
第1部を読んでいて似ているなと思ったのは『「話す日本語」面白ゼミナール』だ。違うところは『ゼミナール』が鈴木健二氏の断じた言い方になっているのに対して、『乱れているか』はある言い方に対してさまざまな考え方があるのだという交流場面も取りあげられていることだ。
第2部後半は国語科の授業の工夫が紹介されている。かなり参考になった。アレンジして使いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.06

発言力③~カラオケは歌える

約3分の1近くの子が授業中に自分の考えを言うのが苦手としている。
その中にA子とB子がいる。
この2人は算数の答えを言うような場面では手を挙げる。しかし「自分は~と思う。なぜなら~」という場面ではなかなか自分から進んで言おうとはしない。事前に自分の考えを書くなどしていればその内容は発表するが、そのあとの話し合いでは参加することが少ない。
答えは言えるが考えを交流しあうのが苦手な子だ、という見方をしていた。

この2人が先日の夏祭りでなんとカラオケで歌ったのだ。
同じグループではない。別々の二人一組のグループでだ。
ミカンのコンテナを敷き詰めたステージで堂々と歌った。二人ともペアの子よりも声がよく聞こえてきた。

びっくりした。
幼なじみがいる教室ではなかなか発言しないのに…。
知らない人ばかりの中だったら“一発勝負”という気になって開き直りの一発も考えられる。しかし祭りの見物人の中には普段の姿を知っているクラスメイトも多くいるのに…。

次のような流れになっているのだろうか。
答えは言える→(これはつまり)→間違いのないものは言える→(これはつまり)→カラオケは練習すれば間違えない→だから自信を持って歌うことができる

それに比べて自分の考えを交流し合うのは、相手の出方によって自分の言わなければならないことが変わってくる→(これはつまり)→練習(準備)ができない→だから言うのが苦手。

で職場でこの話をしたところ、A子については私同様に他の教師も驚いていた。
しかし、B子は低学年の時にも歌っていたらしい。
このことを知ると私のとる方法も違ってくる。話してよかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.05

『プロ作家養成塾』

『プロ作家養成塾』若桜木 虔(ベスト新書)
プロ作家としてデビューすること。デビュー後も生計を優に維持できるくらいの売れる作品を作り続けること。この二点にポイントを絞って書かれている。
小説を創る時に外してはならないポイントがあるのだ。
例えば視点は移動させないこと。回想シーンは作らないこと。枚数に見合った登場人物と時間経過を設定すること。短編では「出し惜しみ」しないことやメインキャラクターは冒頭部分の一割までに登場していなければいけないことなどである。
この基本を外しても許される(読んでもらえる)のは著名なプロ作家で、これからデビューしようという人は基本に忠実でなければ最後までとても読んでもらえないという。確かに本書は読みやすい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年7月 | トップページ | 2004年9月 »