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2005.01.22

『100億稼ぐ超メール術』

『100億稼ぐ超メール術』 堀江貴文 (東洋経済)
自分の生活には全く関係ないけど、こういう世界が今、現実にあるということを知るのは刺激がある。そういえば、近ごろは家族間でしかメールのやりとりはしていないな~。友人がパソコンを使い始めたときは嬉しくてメールのやりとりをしたけど。ま、そういう閉塞的な社会で生活している証だ。なので、第3章の「実践メールテクニック」はぼくの場合はAnotherWorldでした。第2章の「99%を不要にする」は、ほんの少しでもいいから何か取り入れられないものかと思って読んだ。無駄な会議の時間を減らしたいからだ。しかし「しっかり話し合って意思統一する必要があると思います」という言葉が当たり前に出てくる職場だ。

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2005.01.21

国語研基礎講座

放課後、O小で国語研の基礎講座。先日の研究授業をもとに話す。
参加者はのべ16人。ほとんどが先輩女性。国語の研究会は女性が多い。
発表時間は30分と伺っていたのでベタの授業記録を紹介するのはやめた。代わりに、田中康義氏が授業のビデオを起こしてくださった部分を引用させていただいた。
発表している途中、お菓子を配る人がいた。その袋の音にまいった(怒)。発表をやめようかなと思ったほど。ま、無神経というか、、、それとも、ぼくの発表は聞くに値せんと思ったのかどうか、、、。気分が萎えて25分で終えた。
その配っていた人、発表も聞かずに「感想」を言えるなんて、さすが国語のセンセ。

質疑の中で気になったことがある。それは、「賛成」「反対」のいずれかの立場にたって考えを言う学習は、すべて「ディベート」と考えている人がかなりいることだ。「ディベート的」という言葉でも聞けば、「ディベート」と「ディベートもどき」を区別しているという意味でまだちょっとは救われた気にもなるけど。「賛成」「反対」があれば何でもかんでも「ディベート」には参る。
ぼくは、ディベート甲子園が立ち上がる以前から千葉大の藤川大祐氏などの活動を通じて「ディベート」は知っている。(できないけど)何度かディベートの講座を受けて自身がドロップアウトしたので未だに指導できずにいる。でも、自分の考えを伝え合える子にしたいので、討論の授業に力を入れているのだ。
と、ここでグチっていても仕方ないけど…。

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2005.01.13

中学校国語教師が小学校へ(2)

今朝の話
職員室に入るなり(まだぼくのスイッチが入ってないのに)件の新聞記事のコピーを手にした人が詰め寄って言った。
「これって、小学校の国語の授業は、あかん(力をつけてへん)ということをいってるんじゃない?」
と、かなり怒りのこもった口調で。
すでにこういうレスが身近に出た。(自分の仕事が否定されることが少ない世界ならではのことかも知れないけど…)
あかんかったからこそ、こういう施策が出されるのだろう、と考えれば次へのエネルギーがわいてくるのに…と思うけど。

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阪神淡路大震災のビデオを見る

あの日から10年がたち、テレビなどでは特別番組が組まれている。
その多くはあの日以降の10年のありさまが中心になっているはずだ。しかしぼくの前にいる子供たちは原点とも言える1月17日の様子を知らない。(その時は1歳のはず)
原点の様子を知らなければどこかAnotherWorld的な印象で受け止めてしまう感じがする。
ということで「その日」の様子を記録したビデオを見せた。ビデオはこれ。
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「映像記録 阪神大震災」【ビデオ】
1996年 MBS毎日放送・制作 MBS企画・販売 ▼人口と生活機能が密集する大都市を襲った震災の現実を、発生からの数日間を中心に構成し、歴史資料として伝える映像の記録。114分。
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このビデオをDVD化している。そのDVDをVGN-T70Bを通して教室のテレビで見た。(こういう時には大きなDVDデッキよりコンパクトなVGN-T70Bがはるかに便利)
子供たちは約80分間、しんとして見入っていた。
このあとの授業をどう組み立てるかというのは、これからのぼくの仕事だ。

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2005.01.11

中学校国語教師が小学校へ

「国語力を底上げ 小学校に専科教員 和歌山県教委」というのが見出しだ。
うまくいくのか? いってほしいけど…。 たった一人でできるのか?

中学校の国語科の教師が考えている「国語力」と、小学校の教師が考えている「国語力」は、多分同じではない。
小学校の教師の中には、「優れた文学作品を読み浸り、登場人物に共感することでえられたものを自分の人生の糧にする」ようにするのが国語の授業だと思っている人が、まだまだいるはずだ。これは「国語力を底上げ」しようと考えている考え方とは多分相容れないはずだ。
とにかく小学校には、「私は国語に力を入れています」という人の分だけ、「国語力」の種類があるのだから…。しんどいだろう。

「今、こんなに人の気持ちを考えない事件が多く起こるのは、国語の授業で文学作品を気持ちで読んでいくことが軽んじられているからだ」などと時系列を無視して「それ見たことか」と勢い込んで言うおばちゃんが多い小学校の世界だ。(注:「文学的な文書の詳細な読解に偏りがちであった指導の在り方を改め」とされたのはH11年の改訂からだ。つまり、今、事件を起こしている成人は「これでもかというくらいに文学作品の登場人物の気持ちを考える」ことが主流であった時代の国語の授業を受けてきた人だと言える)
斬新な施策だろうけど、行かされる人は…。がんばってよ
元記事はここ

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2005.01.10

『「座りなさい!」を言わない授業』

『「座りなさい!」を言わない授業』西川純著(東洋館出版社)
根底に流れている考え方は「子供たちは学びたがっている。そして、自分たちで学び合えるのだ」であると読んだ。教師はこの子供たちの「学び」を「指導」という名のもとに邪魔してはいけないということだ。
「せんせ~、せんせ~」と言い寄られるのは心地よいものがある。しかし、それが危ういのだ。二十年ほど前、寄って来られるのが嫌な時期もあった。その時、自分はこの仕事に向いてないのかもと思ったこともあった。しかしそんなに思われた時の子供の方が自分たちで考える力がついていたのかも知れない。
心しておきたい言葉がいっぱいあった。

「しかし、教師の仕事は教えることのみではない。目標を与え、評価し、子どもたちが学びやすい環境を整える仕事がある。特に、目標を与え、評価するという仕事は、子どもにはできない、教師のみができる仕事である」p30、31
「しかし教師(筆者も含めて)が、目標ではなく方法を語ってしまう場合は少なくない」「いつの間にか、方法が目標にすり替わってしまう」「ところが、教師が方法を語っているか、目標を語っているか、という視点で見るとはっきりとした違いが見られた」p84、85
「目標を語ることと、方法を語ることの判定方法は、『そのことが成立したとき本当に満足できるか?』ということである。満足できるなら『目標を語っている』、満足できないなら『方法を語っている』ことになる。p86
「『問題なのは2分間で帰ってくるかどうかじゃなくて、どうしてそれが能率的だと思ったか、あとで説明してもらう。そこに問題があるんです』という一言は、教師の中に、主体者であり責任を負える人間であってほしいという願いがあり、それができるという信頼があるからこそ言えた一言である。どんなに『子どもは有能である』と口先で言ってたとしても、その本心で信じていないならば、その一言をけっして言うことはできない。この言葉が重要なのではなく、それを言わしめた考えが重要なのである」p86,87
「教師が答えを教えることは簡単である。しかし、そうすれば教師が答えを教えなければ解決できない子ども集団をつくり上げてしまう」p97

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『破裂』

『破裂』 久坂部 羊 (幻冬舎)
これも一気読み。医療裁判を底流に大学医学部内の人事や高齢社会と安楽死問題が絡まっている。登場人物が感情に流されてしまう場面がちょっと多いところがさめる。我が家も数年のうちに老人問題が深刻な話題になってくるはずなので身につまされる箇所も。

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2005.01.09

のぎくの会(8日)

午前、論文書き。午後、「のぎくの会」。参加者14人。報告は自己申告通り45分でできた。所長の厳しい指摘があった。野地潤家先生にも指導講評を受ける。糧となる。
県指導主事の評価規準づくしにはまいる。年間指導計画どおりにすると子供たちが力をつけるのか。年間指導計画はもちろん必要だろうが、それより大事なのは子供が力をつけたかどうかだ。子供のあらわれで語ってほしい。子供がこんなに成長しましたよ&もう一つなところはここですよ、と報告しているのに、それを見ようとしない。子供の成長は現場でおこっているのだ(笑)。
論文の方向を変えなければいけないかも。

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2005.01.08

宝のもちぐされ(7日)

息子のパソコンPCG-FR77G/Bに(昨日帰りに買った)512MBのメモリを追加して職場に持って行って作業。LANにもすぐに入れてデータを移行。XPになってからLANに入るのが簡単になった感じ。サクサクと作業が進んだ。で、調子に乗って動画のつなぎ目にもトランジェントを入れたり…。パワーの恩恵を受けました。
でも、息子のパソコンは買ってから約2年になろうかとしているのにダイヤルアップのインターネットとDVD再生しか使ってないので、アプリを立ち上げるたびに「承諾」や「同意する」みたいな所へチェックを入れなければならないのにはあきれた。ともあれ9割5分完成。

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2005.01.05

『犯人に告ぐ』

『犯人に告ぐ』雫井脩介著(双葉社)
年末の週刊誌の「'04年の○冊!」みたいなコーナーで上位にあった本。
正月休みの3日に読んだ。一気に読んだ。小説はこれでなきゃ。

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2005.01.03

資料完成(2日)

2日は朝から飲まずに8日の資料づくり。15時完成。
ちょっと焦点の定まらない報告になりそうだけど、それも自分の実力。
妻の実家への途中、速達で送付。
ようやく正月気分に。

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2005.01.01

テープ起こし終了

テープ起こしが大晦日の16時に終わった。1600字×7枚分。
協議会のテープ起こしはまだできていないけど、自分の材料はそろったのであとはそれぞれどうまとめるかだ。
なんにせよさし迫っているので、去年1年をゆっくりふりかえるゆとりはなかった。ま、こんな年末年始もいいか。と言っても夜はずっとテレビを見ていたけど…。
文字入力時のVGN-T70Bは快調。どこかの掲示板では、図書館などの周りが静かな所で使うにはキーの音が気になる、というようなことが書かれていたけど、たった一人の自室で使うにはもちろん何の問題もない。かえってこのくらいの音量の方がいかにも仕事やってます、という気分でのれるのでぼく好みだ。

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