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2005.06.19

「研究授業」観

これは数年前の話です。

研究授業があった。
その時の研究サブテーマは「伝え合う楽しさを求めて」だった。この言葉がテーマとしてどうかという問題は、おいとく。
その時のぼくの視点はテーマをどれだけ意識した授業になっているかだった。

その授業の後半の約15分、1リットルについての教師の説明が続いた。
授業後の協議会でその場面も問題になった。
「研究授業としては1リットルまでいきたい」という発言があった。
「本時の目標に書いてあるから1リットルまで扱うのは妥当」という発言があった。
ぼくの考えは違った。
「研究授業だからこそ、教師が1リットルの説明を続けた場面はいらない。なぜなら、説明を聞く場面でどれだけ『伝え合い』があるといえるのか。今年度は、子どもと子どもが伝え合えるような学習展開、課題を扱おうと合意しているではないか。さらに、『本時の目標』はテーマを十分意識したものになっていない。なのに『本時の目標』に書いているから、そこまで進めなければならないというのは本末転倒だ」
さすがに全部は言えなかった。が、前半部分は言えた。

さらに「ぼくの授業のような賛成か反対かで話し合わせる授業は、国語の授業としては好きじゃない、というような意見を聞くが、このテーマだからこそ、賛成か反対かを話し合わせる所を授業している。(好き嫌いで言えるところがおかしいけど…)これが例えば「豊かに読む…」とでもいうようなテーマであれば、また違う場面を授業する。それが研究テーマに対する授業。すなわち研究授業の一つだと考えている」と言った。

研究主任の方も同じ考え方で同じような考えをいっぱい言ってくださった。が…。
研究授業を(教師の)発表会とでもとらえているような方にはどうにも通じにくいものがあるようで。

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