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2005.08.12

第20回人間教育実践交流会「伊丹フォーラム」

第20回人間教育実践交流会「伊丹フォーラム」(11日)。
昨年の京都フォーラムについでの参加になる。

はじめは梶田叡一氏の基調講演「内面性の教育と確かな学力」だ。
「子供の顔の裏側を見なければいけない。そこまで届かなければいけない。内側を動かさなければいけない」
教師の顔色を見て動くような子供にしてはいけないということである。同時に、(分かった)ふりをして(くれて)いる子供もいるから、それを教師は見抜かなければならないということである。厳しい言葉だ。

次に、加藤明氏。
「評価から教育を見る」というテーマで話された。
氏は、昨年まで次の3つのことを言っていた。
1指導の成果はあがっているのですか?
・子供は我々が望むほど分かっていないという気で授業に臨まなければならない。
2その成果で十分なのですか?
・分かる、覚える、できるというレベルなら簡単。
3その成果をどう学習者に返してやるか
・見方、考え方が深まっているとか高まっているかどうかというのは、学習者に見えにくいものだ。だから教師が返してやる必要がある。分かる、覚える、できるは子供自身でもに分かることだ。
今年はそれに付け加えて、「到達目標の明確化」を意識しなければならないと言う。
「知識・理解、表現は到達目標がはっきりしている。が、思考力・判断力、関心・意欲・態度などはその子の以前との比較になることもある。だから、「ここまで」という目標は設定しにくい。が、育てようとしなければ、育たない」

次は、有田和正氏。
「桃の紙袋」「富良野・美瑛」「熊本県植木のすいか」など、ご自身の「?」を追求する話をユーモアたっぷりにお話になる。
追求することが本当に楽しくて仕方がないという話だ。
こういうお話を聞くと、社会科は本当は楽しいものなんだろうなと思ってしまう。

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