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2005.08.02

サマーセミナー

「岡山サマーセミナー」(7月31日)に参加した。
ぼくの日常とは全く異質な空気を吸っておくことは大事だ。

第1講座 E表&D表検定
検定の場を初めて見た。ふ~ん、といった感じ。
会場で授業を受ける。すると子供の気持ちがよく分かる。
ぼくはテンポについていけないのだ。歳を感じる。
授業に対して「そんなところは気づかなかった」という講師の方の授業批評があり「さすがや」と思う面も。でも「いっしょや」と思うところも少しはあり。

第2講座 討論の授業の原則
あいかわらず鋭くて厳しい舌鋒の大森修氏の講座。
氏は現任校の状況と討論の授業の必要性を結びつける。

■何のために討論の授業をするのか。それは、自分で考え判断して行動できるような強さを持ってほしいからだ。友達の輪の中に入らなければ外されるというのは強さがないからだ。だから討論を、教科や国語科の中だけに矮小化してはいけない。その子の生き方にまで発展させなければならない。

■外国の子どもと交流会をした。「どんな科目が好きですか?」という話題になった。
外国の子は「社会科が好きです。歴史を学ぶと過去に生きた人の考え方や…を知るからこんなおもしろい科目はないです。」と言う。対して日本の子は「社会です。」とだけしか答えられない。この違いこそ討論の指導をしなければならない理由であるし原則である。

第3講座 討論がおこる模擬授業
3本の模擬授業。新しい知識を仕入れられた。やってみたいという授業があった。
パワーポイントを使っての授業を見ると、どうも授業よりプレゼンという気持ちがぼくには強く働いてしまっているな~。もやはついて行けてないな~と思うところだ。

第4講座 討論可能にする要約力を高める
テーマが「学習障害の理解と指導法」に変わる。大森修氏はこのようにしてご自身の学びをつくっているのだというのが垣間見えた。
印象に残った言葉。
「学者でも治せない。医者でも治せない。教育の力でしか治せないことがあるんだ」

第5講座 討論が必ずおこる模擬授業
「社会科で『なぜ』と問うてはいけない。『どのように』と問うべき」
「なぜこんなに兵を集めたのか」はだめで「どのようにして集めたのか」と問う。

「ふりこ」は面白そうだ。
去年は選択制にしたけど今年はちょっと考えてみよう。

第6講座 討論の授業のVTR審査
大森修氏の指摘。
「子どもの意見分布がどうなっているか。どんな意見が出されているかが子どもたち自身に分かっている必要がある。すると、みんなが位置づく。でないとやりとりしている数人だけの話になってしまう」
「文からはずれて日常的なところに話題が陥っている。文章から離れている」
「『今こういうこと言いましたね。でも私はね…。(私もね…。)というように言わせる。『ね』を入れると学級の雰囲気がよくなる。」

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