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2005.10.29

研究主任の授業

11月26日(水)に校内の研究授業があった。
授業者は研究主任の方。ぼくより少し若い。
今の学校に来て毎年この方の授業を見る機会があるが、見せてもらえる度に刺激を受ける。
今回は4年生。教材は『もどらない本』。彼に言わせると、出典は不明とのことだがググってみると、1977年文部省発行『小学校道徳の指導資料とその利用2』みたいだ。

■授業中の彼の言葉から
・「今の○○くんの言ったことを繰り返して言える人」
と1回入った。
これはぼくも使うが、決定的に違ったのは、彼のこの言葉を聞いたときの子供たちの緊張感だ。なんかこう張りつめた感じになった。
この言葉は多くの人が使うだろうけど、この言葉を言った後のやり方が違うのだろう。きっとぼくは甘いのだろうと思う。

・「結局、○○さんが言いたかったことって何?」
この時も、緊張感が走った。
残念ながら今の学級でぼくは言ったことがない。
長々と自分の考えを言えるところまでできていないのだ。
発表することにようやく抵抗感が少なくなったという段階しかできていないのだ。
間に合うのか?

■協議会での彼の言葉から
・「友だちに説明できるかどうかが算数が分かったかどうかの基準だと子供たちに言ってる」
だから、2学期になっての算数の時間、彼はほとんど説明をしていないのだそうだ。
ここでも「伝えあう~」という研究テーマを意識した授業をしている。

・「今日は、子供たちの発言が長かった。あれでは今の段階では聞けない子の方が多い」

・「1学期は原稿用紙に書いた自分の考えを読むだけでもOKにしている。次に、原稿用紙を机の上に置いて喋らせる。どうしても言えなくなったときに、机にある原稿用紙を見ればよいと言っている。今の段階は、今日のように机の中にしまわせる。」
このように、彼の頭の中には子どもの上達の段階とそれに対応した教師のやりかたがイメージされている。だから子供たちはのびるのだ。
ぼくのように同じやりかたで漫然と1年間やっているのではないのだ。

同じ授業を見ても、いろいろ言えるもので「今日のような授業にはヤマ場がない」という意見が出された。
すると彼は言う。
「ヤマ場って、いったい誰にとってのヤマ場?」
お見事!

ところで、明日の参観に同じ教材で同じような流しでやってみようと思っている。
ぼくの課題、子供たちの課題がどこまで分かるだろうか。
(課題が分かっても、さて、ぼくは手を打てるのだろうか)

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