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2005.11.20

「協同する学び」から

日本教育新聞2005年9月12日付けからの引用です。
佐藤学氏の言葉です。

<引用開始>
ここに習熟度熱指導の「麻薬」のような恐ろしさがある。なぜ、分かるまで丁寧にじっくり学べる(教える)ことができるのだろうか。内容のレベルを下げ、多くの時間を費やしているからである。すなわち、習熟度別指導においては、子どもも教師も「満足」しながら学力を低下させ、学力格差を拡大していくのである。これこそ能力による差別以外の何ものでもない。
学力低下にどう立ち向かえばいいのだろうか。私は、教師の献身的な努力によって低学力から抜け出した子どもの実例を知らない。

(略)

どんな教育によっても学力の個人差は克服できないだろう。どんな平等な教育を実現したとしても学力における正規分布曲線は消滅しない。従って「すべての子どもに百点を」という目標は正しい目標ではない。教育で追求すべきことは正規分布曲線の基軸を少しでも高位へと移すことであり、その幅を少しでも狭めることである。

(略)

次に、低学力の子どもが低学力から脱出する道筋を教師は理解しておく必要がある。教師は一般に、子どもが徐々に低学力から脱出するというイメージを抱きがちだが、現実には、低学力の子どもはある日突然、一気に低学力の状態から脱出する。学力は下から積み上がるのでなく、上から引き上げられるのである。それまでの未知の経験の累積が新しい関係を生み出すのである。
分かるか分からないかは別として、低学力の子どもたちには「背伸びとジャンプのある学び」への挑戦が必要なのである。
<ここまで引用>

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