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2006.07.29

ILEC夏季国語教育セミナー@中野サンプラザ(7/28)参加記録

ILEC夏季国語教育セミナー@中野サンプラザ(7/28)参加記録

河野順子氏(熊本大学)の「『読むこと』の挑戦!-『批判的に読む』-」のワークショップに参加した。

午前は3年生教材「くらしと絵文字」の実践をもとにした講義だ。

氏は言う。
氏が初めて赴任した小学校はいわゆる教育困難校で、その子たちに「要点」や「文章構成」などといってもなかなか受け入れられなかった。
こういう経験が氏のバックボーンにあるのだ。
さらに、大学生たちに説明的文章の学習に対する経験を聞くと、文章構成を学んだ記憶があるが、それがどうよ、という感想が多い。

そこで説明的文章の学習を
「学習者の側に立つ」学びにするためにどうするか
という視点で研究されたことを
「くらしと絵文字」の実践を通して説明された。

報告実践を粗く言うと、
まず子供たちに身の回りの絵文字にたっぷりふれさせ(絵文字集め、絵文字調べ、絵文字の分類など)その後、絵文字が多く使われている理由について説明文を書かせて問題意識を持たせる。
次に「くらしと絵文字」を読み、筆者の書きぶりを批判的に検討する。
というものだ。

身の回りの絵文字について実際に考えさせる時間をとるというのが予想外だった。

ぼくが今まで知っている「批判的に読む」授業は、いわば「紙の上」「本文の上」で終わるものが多かったからだ。
3年生対象ということもあるのだろうが、実際に絵文字を分類したり説明文を書いたりすることによって「くらしと絵文字」は、絵文字のプラスの面だけしか書けていないということが子供たちから指摘されるのである。


午後は「セット教材を用いた批判的読みの育成」がテーマのワークショップ。
セット教材として提示されたのは「ブナの森は緑のダム」と「森林のおくりもの」という6年生用の教材。
この二つの教材はかなり対比的なはず。
なぜ「はず」と書いたのかというと、どちらか一つしか読めないからだ。
ぼくの読んだのは「森林の…」方。
ぼくの隣に座っていた方が読んだのが「ブナの…」。

どちらか一つを読み込み、自分がその説明的文章の筆者になったつもりになる。
そして、2人で対談(質問)をするのである。
2人で質問しあった後、4人グループでも話し合い、最終的には「森林の…」派と「ブナの…」派で大討論会をするというのだ。

この日は時間がなく4人グループの初めの方までしかできなかった。
なので、大討論会がどのように批判的読みにつながるのか具体的には実感できなかった。

しかし、ぼくの選んだ「森林の…」を読み、隣の方の「ブナの…」について質問事項を作るというのは今までに経験したことのない読み方を要求され、かなり刺激的だった(しんどかったけどワクワクもした)。


以下雑感など。
(1)
「既有の知識を元にしながら、子供の中になぜ?をうみたい。
なぜ?を言うのは教室では先生。でも休憩時間などには子供たちはなぜ?と言ってる。
授業でも、子供たちになぜ?を言わせたい。
それが子供の自分なりの見方・考え方・述べ方につながる」と河野氏の言葉。

ぼくが教師業に目覚めた頃の「初等理科教育」の考え方に似ているなと懐かしんだり…。

(2)
氏は、ご自身の授業実践を通して語っているのできわめて具体レベルの言葉で話される。具体レベルというのは、子供に言う言葉で我々に言うのだ。
例えば「書いてないことは書いていないと言いましょう。太田さんが答えられる質問をしたらいいですね」のように。
と同時に「題名読みというのは児言研が…」というように研究者らしい言葉も出る。

じつは前者のように言うのが難しいのだ。
「題名読みというのは児言研が…」という言葉は、ぼくでも6割がた言える。

(3)
日々の授業でこのような授業はできない。
それは、
教材研究を深めなければならないからだ。教材文を探しまわらなければならないからだ。
今のぼくにはできない。
でも、年1回の研究授業だったら…。この位の深さの教材研究をして授業をしてみたい。

(4)
小学校出身の氏だけあって、よく目が合った。
さすがだ。
ちなみに5月に向山氏を見た妻はあんな広い会場(江戸川区総合文化センター)にもかかわらず「目があった感じがする」なんて言ってたぐらいだ。

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2006.07.25

個人懇談会

24、25日は個人懇談会だった。
午前8時30分から17時前まで。
昨日は16人。今日は14人。

これだけ時間があると、かなりゆったりできる。
掲示板に貼っているその子の絵を見ながら話すことだってできる。

途中、待ち時間が1時間ということもある。
そういうときは保護者に伝えることを再確認した後、教育雑誌を読んでいる。
昨日は『国語教育』誌7,8月号を精読できた。
ありがたい時間だ。

一昨年までは期末の午後に懇談会をもっていた。
13時30分頃から17時過ぎまで。約4時間だ。
一人あたり長くて10分。
気ぜわしかった。
時間通りに終わるとクラッとしたこともあった。

どうせ学校にいなければならないのだから懇談会を夏休みにしようという提案が通って去年から現状のようになっている。


「誉めすぎ」と2人の方に言われた。
そうなのかもしれない。
でも誉めずに何を言うのか。
まさか欠点をあげつらう場でもあるまい。

たとえ10歳、11歳の子でもすごいなぁと感じることはいっぱいある。
それを正直に伝えているだけだ。
保護者の知らないであろう教室での姿を伝えるのが一番。
次に、様子を話しあう中でぼくの子供理解を深めるのが二番と考えている。

相手は5年生の保護者なのだ。
ネガなことは過去4年間の懇談で指摘されているはず。
5年目もそれを言ってどうする、という気持ちが強い。

こんなことを言っているぼくも、子供のネガなことを伝えて、
保護者の「そのことは低学年のときから言われてます」という言葉を聞いて、
“ぼくも先輩と同じ目を持ってるやん”と安心した時期もありましたな。
恥ずかしながら…。

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2006.07.17

通知表完成

午前11時半頃に通知表が仕上がった。といっても出席のところはまだ入れてないけど。

作業をしながら考えたことなど

①コピペはしない
所見文をワープロで記入するようになってから、かれこれ10年近くなるはずだ。ここ数年は、ラベル紙に印刷して貼っている。(所見と総合のところ2カ所を)
それを知ってる同僚が「パソコンだとコピペできるからいいね」とさもしいことを言った。

バカじゃないか。

目の前の子どもが毎年変わっているのにコピペができると考えてるなんて。
それとも、もし同じ文を数人分の所見欄にコピペできるという意味で言ってるなら、これもとんでもない話だ。
で、こういう人に限って「みんな違ってみんないい」などと言う。
笑い話である。

この頃のぼくは印象に残ったその子の言葉を入れて書くようにしているのでコピペだなんてとんでもできないことだ。
うんうんうなってイチから書いているのさ。

そうそう3学期は「進級おめでとう」だけで済ます人もいる。
うちの子供たちもそんな通知表をもらってきたけど、愛想無いことこのうえなしだった。自分の子供がそんな通知表をもらってきたらどうか。ちょっと考えれば分かることだ。
小学校の場合、進級しないことはまずない。なのに、進級おめ…だと。そんな当たり前のことを書いてどうする。
3学期は何もしなかったのか?毎日遊んでいたのか?

こんな?を口にすると「1,2学期でいっぱい書いたのでスペースがない」と言う人がいる。
スペースの問題じゃないだろ。場所がないなら紙貼れよ。やる気があるなら。

②懲らしめてどうする
「何回言っても聞かんから△にした」と職員室で大きな声。
あのな、△や「がんばろう」は、自分の指導がダメだったということなんやで。大きな声で言うことか。

△つけてその子ががんばれるならこんな楽な仕事ないわな。

すまんなぁ、ぼくの力不足で、と謝りながら△をつけるもんやろ。

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夏休み短縮

子供たちに「教室にエアコンが入る代わりに夏休みが少し短くなるのと今のまま扇風機だけで暑い代わりに今のままの夏休みではどちらがいい?」と聞くと(聞くまでもないことだけど)圧倒的に「今のまま」です。
子供たちは休みたいのさ。
にもかかわらず「夏休み短縮」の記事が。

そんなせこい日数、夏休みを短縮しても目立った効果が現れるはずがないでしょう。
そんなことはとうに経験知として分かってるでしょうに。

「3日間短縮」なんて、何かちょっとやってまっせという言い訳以外の何ものでもないでしょう。「年間授業日数は205日以上」の根拠はなんでしょうね。

問題は「日数」じゃなくて「授業時数」でしょう。
(「授業の中身」はちょっとおいときますね)

うちの学校は去年度から1学期末の個人懇談を夏休み中にしてます。
これで4時間から6時間の欠課がなくなりました。つまり授業時数が以前よりふえたことになります。
これだけ切り詰めて授業時数を確保しているのに(って、文科省が定めた時数は軽くクリアしているのですけど)、さらに夏休み短縮などを言われるとひらきなおって「夏休み1週間前の午後は個人懇談にしよう」と逆に言いたくなってくるじゃありませんか。

これはなんだったのでしょうね。
お笑いぐさ

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2006.07.08

まっとうな国語

ぼくの国語の授業は“まっとうな国語じゃない”みたいなことをよく言われる。
課題が気に入られないのだろう(と勝手に思っておく)。
「大造じいさんは残雪に勝ったのですか負けたのですか」などいう課題を出すから。

文学作品の読みで勝ち負けを問うのはいかがなものか。
もっと心情を問う(追う)べきだ、などと言われる。

今、研究所でかくれんぼを説明した文章の指導案を作っている。
ぼくの用意した課題は「どちらの鬼ごっこが楽しいですか?」だ。
この課題だと子供たちは自分の考えを書き発表する。討論への可能性がある。

これに対して、まっとう派は「二つの鬼ごっこを比べましょう」だ。
子供たちはワークシートに書き発表する。討論に至る可能性はきわめて少ない。

討論の授業にあこがれるぼくの頭に浮かんでくるのは「AorB」「Aor非A」という発問が多い。

勝ったのか負けたのかの理由を述べる中で心情を言わせているつもりなんですけどね~。

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2006.07.05

南極の氷が職場に来た。(テレビカメラや記者も来た)
北極の氷は海水が凍ったものであるのに対し、南極の氷は雪が圧縮されて氷になったものだという。
空気も閉じこめられている。
その空気は1万年から10万年前のものといわれる。
氷が溶けるときには、空気のはじける(?)プチプチという音が聞こえる。
500ミリリットルのビーカーの中の氷の音(空気の音)はなかなか神秘的なものだった。焼酎を入れて飲みたいと思った。

で、残った氷は校務員室の冷蔵庫の冷凍室にあるが、保護者も含め約150人がペタペタさわった後だと思うとさすがに持って帰って焼酎を…という気にはならないな。

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2006.07.02

効率いいラーメン作り

大阪ガス(株)が社会貢献活動の一環として行っているインスタントラーメンを使っての環境学習が23日、(略)であり、4,6年生が実験を通して地球環境を学んだ。
講師を務めたのは同社お客様部の橋本純子さん。地球温暖化による砂漠化、海面上昇などの地球規模の問題を説明した後、日常生活でなじみの深いインスタントラーメンの作り方から、身近な環境問題について学習した。
鍋を選ぶ際はガラス鉢よりアルミ製の方が熱伝導がいいこと、日は強すぎずに炎の頂点が鍋の底についているくらいがもっとも効率がいいこと、カップ麺のカップはペン立てなどに再利用できることなどを学んだ。(略)
『わかやま新報』より

1週間後の30日、5年生も学習した。
以下は授業(90分)の流れだ。

地球温暖化についてやりとりした後、ハンバーガーを食べた後のごみの量を量る。
そのままでは約80グラム。
なにか再利用できないかと○○くんが選り分けた後では約10グラムにごみは減る。
だから、一人一人がごみの量を減らすように意識すれば、ごみを燃やす際に出る二酸化炭素が減るというのだ。

その後、インスタントラーメン作り。

班毎に配られた記録表には
①どのラーメンを選ぶか(カップ麺or袋入り麺)
②鍋はどうするか(ガラスorステンレス)
③蓋はするかしないか
④水の量はどれだけか
⑤水は冷蔵庫の水を使うか蛇口からの水を使うか
⑥炎の大きさは(大・中・小)
⑦沸騰するまでの時間
⑧ごみの量
などを書くようになっている。


子供たちは真剣そのもの。
ラーメンを作るのに計量カップで水を量るのだ。
多分、カップ麺なら作ったことがあっても(湯を入れたことはあっても)袋入りの方を作ったことが少ないのだろう。
裏面のレシピを必死で読んでいる。
将来の夢は料理人という□□くんが、麺をほぐそうと菜箸でちょんちょんすると「そんなこと書いてないからやってはダメッ」とグループの子に言われる始末。

できあがったラーメン1食分を6人で分けて食べる。
あっという間にごちそうさまですね。

惜しむらくは6枚の記録表を見て気づいたことなどを話し合う時間が少なかったことだ。

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読売学力シンポジウム@大阪商工会議所参加メモ

読売学力シンポジウム@大阪商工会議所(6月24日)参加メモ
テーマ「教師力、そして学校力の向上へ」
964人の応募があったと挨拶の中で聞いた。
時刻ギリギリで入ったので、空いている席を探すのを難儀したくらいだった。

第一部はTOSSの模擬授業を中心としたもの。
スマートな模擬授業が続く。
スマートだけど根底に流れているのは、できない子をできるようにさせるというポリシーだ。できない子、苦手な子を配慮した授業だ。

第二部はマドンナ予備校講師荻野文子氏の講演。
ぼくの嫁さんと同じ歳じゃないか!
信じられない。

彼女は子供たちを(500人が聞いていたとしても)
秀才くんタイプ、ロボットくんタイプ(反復練習ドリル練習でがんばっている子)、元気くんタイプ(好奇心があり思いつきを問う子。成績は乱高下)、埴輪くんタイプの四タイプに分ける。
そしてまずは好奇心旺盛な元気くんを引きつける内容からはいると言う。
この元気くんがノリ出すことによって埴輪くんが授業に入ってくると言う。

本歌取りの指導を「勝手にしやがれ」と「プレイバックパートⅡ」を例に出して説明された。
なるほど分かりやすい。

以下、残った言葉。
「生講義の最高人数は1000人が最高。その95パーセントを満足させよと言われた。できなければこの仕事が回ってこない」
「たとえ30人でも学力の開きがある」
「予備校は成果を問う」
「すべての教育のつけを背負った子を10ヶ月で…」
「子供に興味や好奇心がなければだめ。小中学校の先生は、元気くんを増やしてほしい」
「ロボットくんは落ちると埴輪くんに…」
「予備校講師にも下を向いてノートを読んでいる人がいる。でもその人は東大コースに回される。だから勤められる」
「指名するときは 全員が正解か不正解の時。そこまでシナリオを描く」

第三部は京都市教育長門川大作氏の講演。
行政の話はぼくには入ってきませんでした。
でも、8月終わりまで全ての教室にクーラーが入る予定というのだけはしっかり聞き取れました。

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