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2006.08.22

『コンビニ弁当16万キロの旅』

『コンビニ弁当16万キロの旅』コンビニ弁当探偵団(太郎次郎社エディタス)
漢字にルビが振ってあるところから児童用図書なのだろう。
初めて知ったことがいっぱいあった。
たとえば、
「am/pmは食品添加物を使わない弁当を作っている」とか、
(ってことは他の店の弁当は添加物を使っているということ)
ぼくもよく買う和風幕の内弁当の食材のうち、米、さつまいも、こんにゃく、たくわん、卵、(にんじん)が日本産で、さけ、鶏肉、エビ、にんじん、レンコン、椎茸、里芋、小松菜、油揚げ、たくわんの白ごま、キュウリ、白ごま、黒ごま、金時豆、白インゲン豆が外国産だなんて知らなかった。
(たくわんの白ごまは中国産で、小松菜あえに使われている白ごまはトルコ産である!)
野菜も輸入していることぐらいはもちろん知ってはいたが、こういう形で口にしているとは…。


さらに、「安い」弁当をつくるためには、世界中からもっとも「安い」食材を調達してくる必要にせまられます。
そしてその結果、「和風幕の内」弁当の食材輸送のキョリの合計は、地球を4周もすることになってしまいます。これは、フード・マイルズという新しい考え方からみると、「安さ」をささえるために、長キョリ輸送がかかせなくなり、たくさんの二酸化炭素を発生させ、地球をいじめていることになる―そんな「影」の面が、大きな問題として存在していることがわかってきました。 p109

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2006.08.21

『チーム・バチスタの栄光』

『チーム・バチスタの栄光』海堂 尊(宝島社)
一人称視点で書かれている。だから読み出しのハードルが低い。この点は『瀕死のライオン』と大違いだ。主人公、田口公平の日記を読む感じで読み進めていける。
さらりと読めて読後感も爽やか。

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2006.08.20

『瀕死のライオン』

『瀕死のライオン (上)(下)』麻生幾(幻冬舎)
長編である。
前半は伏線や多くの登場人物の仕事ぶりなどが複雑に描かれる。同時に中心事態も静かに進行する。ちょうどジェットコースターがスタートして最初の極みをめざして登っていくように。
極みを乗り越えると…後は息もつかせぬ展開が始まる。
後半になるにつれてページをめくるのが速くなった。

数回挟まれるアメリカのシーンはその通りだろうと思う。
自国の都合で(理由で)他国を攻撃することはあっても、他国のために自国の軍(人)を犠牲にはしないだろうからだ。
さらに近頃のニュースを見聞きすると、ここに描かれたことは近い未来ありえる話なのかも…という気がする。

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2006.08.10

授業づくりネットワーク2006in大阪@アピオ大阪 のぞき見記

なんとか時間ができたので気になっていた大阪大会(今ではこんな言い方はしないのだろうけど)を覗いてきました。
何年ぶりでしょう。
会費と振り込み損ねていた(^^ゞ年会費を支払いました。

会場に入ると、なつかしいお顔がいっぱい。
外見はかなり変わったはずのぼくを覚えて下さっているかたが、あちらこちらに…。

さらに、なんとなんと10年余り同じサークルで磨きあったS谷氏のお顔も。
S谷氏も「事前に申し込んでなかったけど、来た」とぼくと同じことをおっしゃる。

そうこうしているうちに、野口芳宏氏の「子どもを『見る目』の鍛えかた」の講演が始まりました。
いや~、相変わらず野口節は絶好調。
随所に笑いを取りながら(それも大爆笑)グイグイと聴衆を引き込んでいきます。
クリエでメモした内容は書けても野口節はとうていお伝えできないのでここは割愛。
それにしてもすごい実践家ですね~。
話術もさることながら、昨日(9日)も授業をしてきたそうです。

その後に続く、赤坂氏、池内氏、青山氏の話に「!」と思ったところです。
赤坂氏「そのとき引き起こされる「我々の感情」と「子供の反応」に注目する」
池内氏の授業感想文の書かせ方と「その子が何を書いてあったかを覚えている」
青山氏「おまえとの関係の中で、この子はこうなんだ。おまえの中でそう見えただけで他の人が見ればそうは見えない」

次は土作彰氏のミニネタ徹底研究とミニネタvsヘビネタのクロストーク。
土作氏の講義に対して、森脇氏は「透明感がある」というようなことをおっしゃったと思いますが、ぼくは土作氏の“らしさ”をビンビンに感じました。
で、“らしさ”つながりで
なぜか昔の漆間氏の授業も思い出してしまいました。
って、まったく説明不足な文が続いてますな~。

池田氏はミニネタで音楽の基礎基本をつけると言います。
その通りだと思わされたことがあります。
はるか遠い昔、妻の代わりにヤマハの音楽教室に(自分の)子どもを連れて行ったときのことです。
そのヤマハの先生は、同じ活動を5分とはしませんでした。(ぼくは時間を計ってました)
次、次と活動内容を変え、結果1時間あまりを幼稚園児以下の子を十分に活動させました。
ビックリしました。

古川氏は、10分間のパーツに分ける授業で1年生が驚くほど集中して取り組んだ、と言います。
ぼくも今年パーツというかユニットで45分を考えています。

森脇氏の言葉で印象に残ったのは、「動機なき殺人はあっても動機なき教材開発はないby藤岡信勝氏」でした。
イメキャラが違うとおっしゃっていた森脇氏ですが、相手の方(土作氏、池田氏、古川氏)を認めながら、ご自身の教材観をしっかり分かるように言う伝え方は勉強になりました。

って、会場でミニネタ論を聞いているときに思い出したのは、初めて行った水上大会(だったと思う)の佐藤民男氏の「コウモリのうんち(だったか、おしっこだったかな)」のレポートです。
あれもかなり議論を呼びました。

それを思い出し
「ネットワーク魂は健在や~」と嬉しくなりました。
(その時分は「ネットワーク」じゃなかったけど)

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2006.08.09

やれやれ

通知表:「別のクラスより厳しすぎ」親指摘で書き直し

「同校によると、通知表は、児童一人一人の到達度などを評価する「絶対評価」方式で、担任が計6教科30項目を「よくできた」「できた」「がんばろう」の3段階でつける。保護者の指摘で学校が調査したところ、2年生の2クラスのうち、一つのクラスは「よくできた」が1人平均3.6個だったが、別のクラスは8.1個だった。同校は「差が大きすぎる」と判断し、評価をやり直したところ、同7.9個になった。」

絶対評価だから、あるクラスが「1人平均3.6個」で、別のクラスが「8.1個」ということは当然ありえるでしょう。

読売新聞の解説によると、絶対評価というのは

■絶対評価
 設定した学習目標について、子ども一人ひとりが、どれだけ到達したかをみるため、基礎学力の確実な習得状況や、学習意欲を評価するのを狙いに導入された。これに対し、相対評価はクラスや学年など集団の中で、学業成績の位置を測る。
なので、

ある一定の基準に達していれば「よくできた」がクラス全員30人の場合もあるし(ぼくらはそれをめざしているんだけど)、ま逆に残念ながらも「がんばろう」が全員の場合も極端な話、あるかもしれない。
それが「絶対評価」だ。

ところが記事によると「同校は「差が大きすぎる」と判断し、評価をやり直したところ」とある。

主語の「同校」は校長か?
校長+教頭か?
それとも…。

ま、誰にせよ
いちばんの問題は
記事によると「「差が大きすぎる」と判断し」たことだ。

これは相対評価の考え方だ。
相対評価では、「よくできた」がたとえば学級全体の3割の人数とされる。
簡単に言うと順位なのだ。記録よりも。
だからある学級では、たとえば平均点が95点でも「よくできた」でなく「できた」のこともあるし、たとえば80点でも「よくできた」の場合がありえる。
これが相対評価だ。

なのに記事によると「よくできた」の個数の「「差が大きすぎる」と判断し」たという。
この時点で絶対評価をほうっている。
ぐちゃぐちゃになっている。

ま、これだけ軸足がふらついているのだから
「親指摘で書き直し」たのだろうけど。
あ、ふらついているのは校長か教頭ね。

ここから根も葉もない憶測。(←という言い方はないと思うけど)
こういう管理職に限ってですね~、
「みなさんを守るために云々」などと職員会議で言っているのですよ。
できた管理職はこんなことを問題にさせませんよ。と思う。
ハラのくくり方が間違ってますな。

ま、ぼくが新採のころ「意地でもオールAはつけない」などと、わけわかめな意地をはっていた先輩も数名いましたけどね。

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2006.08.08

全国国語授業研究会

全国国語授業研究会(8/4)@筑波大附属小学校参加メモ
3日から参加したかったがPool当番を代わってもらえず(メンバーが少ないと交渉相手も少ないな~)、4日だけの参加。
4日のテーマは「説明文で『読解力』を育てる」だ。
教材は「ねむりについて」(宮城音弥)。
かつて光村の教科書に載っていたものだ。

子供たちは、事前に「ねむりについて」の序論を読んでいる。
本時の中心題材は、本論の最初に出てくる睡眠時間と年齢との関係を表したグラフである。つまり「非連続型テキスト」を扱うのである。
研究主題に次のように書かれている。
「『PISA型読解力』の特徴として挙げられる図、表、グラフなどの『非連続型テキスト』を読解の対象とした授業について、説明的文章の学習から考えてみたい」

授業は次のようになる。
まず教師が「このグラフから分かること。どんなことが分かる?何が分かる?」と問う。
約20人あまりが発言する。
子供たちは言い慣れている。
自分の前の人の発言を受けて「いっしょなんだけど、…」などをつける子が多い。
さらに、ほとんどの子が「歳をとるにつれ…」という中で、「オジサン、オバサンになるにつれ…」と参観している教師の笑いをとる役者もいる。
また、ぼくの学級では、睡眠時間と年齢から離れない(離れられない)発言で終わるが、「健康でいられるための睡眠時間」とか「眠りの深さ」など幅のある言葉も出され、その都度それについて話し合われる。適度な揺らぎがあるとでも言えよう。

教師はその揺らぎをとらえ、本論の最初の段落(第8形式段落)を提示し、何の目的でこのグラフを持ってきたかを相談させ発表させる。
最後にグラフに題名をつけさせ、グラフから読み取ったことを説明する文章を書かせ発表させる。
本時ではこの後、原文と子供たち自身が書いた文を比べさせた。

以下、感想など。
(1)後半になるにつれて教師から名前を呼ばれる子が決まってきた。
「文のつながりとしたら、筆者はこのグラフで何を言いたかったと思う?」というような、ぼくでも「答えにくいな」と感じる発問もあったし…。授業が深まるというのはこういうことを言うのだろうか?
でも、子供たちの書いたグラフの説明文を読ませるときは、せめて列指名などしてほしかったな。
挙手した数人は、ま、そらびっくりするような文を読んでいたけど…。
(2)ILEC夏季国語教育セミナーで聞いた話でも説明的文章を読む際に子供たちにまず説明文を書かせその後本文を提示していた。
書くことが教材に自ら働きかけていく読みにつながる。これはぼくにはない発想だったので生かせるところがあればと思う。

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2006.08.05

人事評価制度

我が市でも人事評価制度が試行されるようになった。
(管理職は去年が試行で今年から実施)

7月にその文書が出た。
「新たな教職員の人事評価制度」という。
ぼくは「ロートル」だから、「新たな教職員云々」は関係ないやん、と思ってもダメ。
やらされます。

でもこの「新たな」の場所っておかしくないか?
「教職員の新たな人事評価制度」じゃないのか。
と思ってググってみると、なんとなんと「新たな教職員」の方が多いじゃん。
ふ~ん。
『日本語の作文技術』では「かかる言葉と受ける言葉はできるだけ直結せよ」とあったのになぁ~。
時代は変わるってか?
それとも、よほど「新しい」ことを強調したいのか。

やがてはこれ(報告文書)をもとにして給料も変わるのだそうだ。
まったく「やれやれ」の話だ。
作文技術を磨かねば(笑)。
でもその作文を見る側の人が「新たな教職員」でOKしてるもんな~。


さてその内容である。
ぼくらの場合は「被評価者が職務上の目標を設定し、その達成状況を自ら点検・評価を行う」とある。
目標や達成状況を自分で決められるからいいじゃないかとも思えるが、そう単純なものじゃなさそうだ。
上司による、目標設定面接があるのだ。
この面接で目標を修正・変更される場合もあるのだ。

研究主任のYさんが言った。
「こんなん書くだけで教員の資質が上がるって思ってる人はあほやね」
「目標を達成できなかったときに、子供のせいにする人が増えるのではないか」
ごもっともである。
ぼくも言った。
「トップお二人にもこの評価があるから、あるからこそ○○をしなくっちゃ、ということで行動を起こしてほしくない」←近頃そんな感じがするんですよね~。
「ぼくは、授業のことで書こうと思っている。その際に、授業観が違うからといって、あなたの授業観をごり押ししてほしくない」←去年の12月に出された「読解力向上プログラム」の存在すら知らない人がトップにいるのだから。つまり、校長会や教頭会で伝達されない限り知らない、知ろうとしない、教育雑誌すら読んでない人に言われたくない。←知ってれば、できるかという話はこの際、別な。

でぼくらは
「学習指導」「生徒指導・進路指導」「学級経営・特活」「校務分掌・その他全般」の2つか3つについて「今年度目標」「具体的方策」&「成果と課題」を書かなければいけない。

管理職は
「学校経営」「教育課程」「職員把握・育成」「関係機関等との連携・その他全般」の各項目ごと、「能力」「意欲」「成果」を評価するみたい。


そんな難しいこと作文せんでもよろしい。
評価基準はシンプルでなきゃ。

ぼくらを評価するなら
「研究授業を年に何回したか」で全てさ。

管理職の評価は
「留任希望が何人か」と「来年度の6年生の担任希望が何人か」で決まる。

これからは
いい気分で
というか
上司に調子に乗せられて、ついついがんばって
というようなことは少なくなりそうな制度ですな。

ま、世の中、こんなものなのかな。
今までがアマかったのかな~。
と。

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