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2006.10.22

『無痛』

『無痛』久坂部 羊(幻冬舎)
読み始める時間を考えずに読み出したので、やむなく夜更かしをするはめになってしまった。
1800円でこの楽しみが得られるのだから、良い本に巡り会えたものだ。
登場人物の心理描写が丁寧。

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授業を見て…

今週は2本も他校の授業を見る機会に恵まれた。
このごろ久しぶりなので始まる前はドキドキした。(笑)

まず1校目。
「子どもが発表しなくて…」と授業者は協議会で言っていたがさもありなん、という気がした。
発言すると、(教師にとって)不備なところを突かれるのだ。
次のように。
子「おばあちゃんが、あのやさしいおみつさんと分かって(略)」
教「あのやさしいって、どんな?」
突かれることがまた難しい。
これでは「やっと発言できるかも」というような(ぼくのように)気の強くはない子は、徐々に発言を尻込みするようになるだろう。
実際、後半は子どもの数は5、6人になった。

さらに、
「読みの浅い子にも活躍できるように簡単な発問も…」と授業者が言っていた。
しかし、その発問の後に、教師の笑いが入るのだ。
うまく書けないけど、次のように。
教「話を聞く前って、なんの場面? へへっ」
易しすぎてちょっと恥ずかしいかな、と教師が思っているような照れ笑いという感じの声が入る。
見抜かれてるでしょ、子どもに。


2校目。
パワフルでテンポがある授業。
「『木』と書いてあった人?『木など』の『など』が抜けていた人?」と挙手をさせる。
この指示は、授業の中で基礎基本を大事にしようとする指示だ。
緊張感を絶やさないための(?)指示も随所に入る。
「小川さんの発言で、今までと違うところあったんだけど、気づいた人?」や「中島さんの言ってくれた意見、もう一度言える人?」など。
「聞こえなかったらどうするの?」というような、授業のルール確認の言葉も入る。

さらに子どもが勘違いをして、間違ったことを言ったときの対応が全く違ったものであった。
1校目。
子「『きちんと』のところで、おみつさんの(略)思いがいっぱい入っている」
教「今、言ってるのは『かかえたまま』のところやで」
2校目。
子「用意するのが、一番初め」
教「ハイ!用意しました!」
2校目の教師は決して「今言ってるのは、用意した後の話よ」などという言葉は言わない。

いやあ、勉強になりました。
授業って、難しいし怖いな~。

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相互指名と指名なし発言

『発問一つで始まる「指名なし討論」』(明治図書)を読んでいる。
この本は向山洋一氏の「単行本や雑誌論文などを項目ごとにバラバラにして、同じ項目を再編集した」p1という本だから、今までにも読んだ論文が当然ある。
ところが以前は気にならなかった箇所が気になるというところに、以前と違う自分が見つけられて面白い。

今回「おっ」と思ったのは「子どもに、次の子どもを指名させる教師は、授業について何もわかっちゃいない」p127というところだ。
初出を読むときには感じなかったはずだ。
なぜなら、その時は、子ども達による相互指名の授業をしていなかったからだ。
ところがここ3年の内、一昨年と今年の前半、相互指名の授業をしている。
研究主任のYさんの後を担任したときだ。
Y学級は、子どもたちによる相互指名の形態ができている。
ので、その後を担任したときはそれを使わしてもらうことが多いからだ。
Yさんは「君はなぜあのとき、○○さんを指名したのか?」ということまで聞くそうだ。(人間関係把握のために)ぼくはそこまでできないけど。
(うちの学校は単級なので、放っておけば前学年の学級のシステムがそっくり踏襲される。これはぼくのウイングを広げるのに好都合なのだ。)

子どもたちによる相互指名には最初とまどったが、ぼくにとっては自分が指名するより子どもの発言を良く聞けるということが分かった。聞くことに集中できるのだ。
しかし、当然ロスタイムはある。リズムも狂う。

今の学級は9月中旬から「相互指名」から「指名なし発表」に切り替わりつつある。
さて、めざす「指名なし討論」までもっていけるのだろうか。

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