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2007.12.29

『こうして私は53歳で、また東大生になった』

『こうして私は53歳で、また東大生になった』平岩正樹(海竜社)
合格体験記である。
ボクは合格体験記を読むのが大好きだった。
高校生の頃『受験新報』という司法試験用の雑誌を買って、その中の受験(合格)体験記に傍線を引いていた。
読んで合格体験記の中に紹介されている参考書を買う。そして合格した人の生活を(少し)真似てみる。
すると合格するだろうと錯覚してしまうところが好きだったのだろう(笑)。


「合格するために受験したのではなく,大学でまた勉強したいために受験をしたのだ」p4
「受験勉強で、たとえば世界史や日本史を勉強したことだけでも,今までの人生で何万冊もの歴史書を読むことよりもはるかに実り多いものだった」p5

これが動機だ。
合格するために受験したのでは,ない,のだ。

しかし現役の医師がなんでまたわざわざ?と思いながら読みすすめていくと
どうやら本当の動機は,日本のがんの医療制度に愛想が尽きたからだろうということと読んだ。
以下の文である。

「日本の抗がん剤治療は技術料ゼロ円と決められているので,抗がん剤治療をすればするほど,それは病院の大変な経済的負担になる」
「だから日本の抗がん剤治療は,せいぜい『手術後の無料アフターサービス』という位置づけがいいところなのだ」p101
「アバスチン(注:抗ガン剤の名前)も輸入薬だ。輸入薬は患者の全額自己負担になる。安いといっても,月額四十万円もする。これだけではない。自己負担を希望する患者は,薬以外の医療費もすべて自己負担にしないといけない。そういう,日本のルールなのだ」p94
「自分が長く生きれば生きるほど,残された子ども(六歳)の養育費が厳しくなる。長く生きて,子どもとできるだけ共通の時間を過ごすのがよいのか,それとも,できるだけお金を残すことが子どものためなのか。この二つが両立しないのだ」p96
「細々と患者数を厳選して抗がん剤治療を続けてきた。時間はあるのに,土下座までして私に治療を懇願する患者を引き受けることができない。医療の仕組みに無知な患者は私をなじる。私の精神は耐えられる限界を超えてしまった」p105

などと
ボクよりもはるかに厳しい人対人の話が出てくる。


魅力的なパソコンがらみの話も出てくる。

「NECの『PC6000』を買ってきて,六年生の四月からプログラムを始めた。理想的な暗記法とは何か,コンピュータにしかできない方法を考えて,片っ端から試してみる」
p81
「手応えは充分だった。三ヶ月で何百回もプログラムを書き直し,やっと実用的といえるソフト「海馬力」が誕生した。原理は,カード型データベースの応用である。各カードは,いつユーザーが『確認』すれば最も効率的な暗記が可能かを考えて出題される。「効率的出題法」は,各カードの解答履歴や,最近のユーザーの総合的解答レベルをもとにして作り出す。よく覚えているカードなのに,それをわざわざ再確認するのは時間の無駄だ。でも,すっかり忘れた頃に確認するのでは,また覚え直すのに大きな労力がいる。『覚えているか,忘れ始めるくらい』のギリギリの時期に,そのカードを確認するのがよいだろう」p82

すっご~。
この『海馬力』というソフト,正式に売り出されればヒットするだろうなと思う。

久しぶりに本をじっくり読んだ。
それもイッキ読み。


目の前にうっすらと浮かんできている「定年退職」という四文字熟語だけを見ていてはダメだということに気づかされた。
そしてこれを読んだ今,娘や息子たちが買ってある“赤本”をめくりたくなってきている(笑)。

『おじいちゃんは東大生』岡本寿朗(新生出版)という本も手元にある。

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また読ませてもらいます! [続きを読む]

受信: 2007.12.30 20:33

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