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2009.03.22

プロの仕事

リアバンパーの交換をお願いしているamisさんからメールが届いた。

メタリックの合わせに時間がかかっているので、今しばらく待ってほしいとのこと。
(注:amisさんが塗るのではない)

S2000の色はセブリングシルバーメタリック。
通勤&サーキット車のCD6もそうだ。

もくろみでは、予め純正色に塗ってもらっておけばポン付けで大丈夫だろうと甘く考えていた。
Sを買ってからまだ1年半だし、普段は農作業倉庫にしまっているので紫外線もそんなに浴びていないから純正色で間に合うだろうと考えていた。

ところがお話を伺ううちに、どうもそんなに単純なものじゃないらしいということに気づかされた。
それは、フレークの方向性などが微妙にあるとのこと。
どちらかというと色合わせをしたいというニュアンスが伝わってきた。
で、予定変更で(早く装着したかったのだけどね)あずかってもらうことにした。

首を長くして待っているところへ冒頭のメール。
このメールを見て、あらためて色合わせをお願いして良かったと思った。

おそらくボクのようなシロート目には、予めの純正色でポン付けでも違いが分からないだろう。
でもプロの目は違う。

そして、適当にそれらしく塗ってもごまかせるのに、でもそれをしないのがプロ。


これって、ボクらの仕事と共通するものがあるんじゃない?

これでOKというレベルをどこに置くかということで、量れるということで。

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2009.03.21

「ファイト!」から「歌姫」へ

季節の移り変わりを自覚する2曲。

1月から3月にかけては「胸突き八丁」の時期。
その時期、年明けから聞こえてくるのは『ファイト!』

♪ファイト! 闘う君の唄を♪
♪闘わない奴等が笑うだろう♪

そして

20日前後になり、なんとか着陸できると感じたところで聞こえてくるのは『歌姫』
♪握りこぶしの中にあるように見せた夢を♪
♪もう二年 もう十年 忘れすてるまで♪

何十年たってもね…。
この時期…。
ふり返ってしまうな…。
まだ吹っ切れていないのか…。

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2009.03.18

再会

卒業式が終わり、卒業生を送り出していると後から声をかけられました。
「○○先生」

振り向くと、彼女。
28年ぶりに再会しました。

「オバチャンになってしまって」と彼女が言います。
それを言われたら、ボクはすっかり「おじいちゃん」。
「まだ、下もいるんで、よろしくお願いします」と彼女。
「そうそう、“ひ~やんちゃん”も今の卒業生の親で、いますよ」と。

足腰が痛くなるはずだわな…。

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2009.03.16

口癖

この頃

「え~」というのが口癖になっています。

何かを喋ろうとするときに「え~」と言って間をとってます。

いかんなぁ。

でも、自分で気づくって
えらいでしょ。(笑)

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2009.03.15

第18回日本言語技術教育学会 新潟大会

第18回日本言語技術教育学会@新潟大会に参加しました。

道中日記は表のページにあります。

落ち着いた良い会でした。というのが総括の言葉です。

今回の目玉は何と言っても新潟大学附属小学校の全面的な協力のもとに開催できたことでしょう。
子どもたちを相手にした授業が4本も見られたのです。
これは模擬授業とは違います。
模擬で見られる「阿吽の呼吸」というものがありません。
実際、「あれ。なんでB先生がこんなリスキーな指示の出し方をするのだろう」という場面がありました。
ほどなくB先生は修正されましたけど。


新潟大学附属新潟小学校と言えば、若かりし頃、85、86、87年と大森修先生の授業を見に、研究会に3年間通った(?)ことがあります。
移転したのか建て替えたのか、さすがに記憶に残る以前の学校ではありませんでした。

ところで附属小のCoDoMoたちの上履きは、バレーシューズではなくスニーカーでした。
防寒対策か防音対策かは謎。
でも冬はいいでしょうね。

87年に行ったときにも感じたのですが、CoDoMoたちが発表するたびに出し入れする椅子の脚と床が擦れる音のうるさいこと。
これは変わってないなと思いました。

2年生が「文末表現に…」と発言できる新潟大附属の子たちでした。

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2009.03.13

保護者が教え子

掃除をしていた6年生がボクに向かって突然
「○○先生、ボクの母親、先生の教え子です」と言う。

「お母さんの名前は」と尋ねると「○□みえ」と答える。

ん?

「旧姓は」と尋ねると「K」と答える。

はいはい。
分かりました。

新採で4年生を担任したとき、何かとボクの周りにまとわりつきに来てくれた2人の女の子の一人です。
はっきり覚えています。
彼の目元に彼女の面影があります。

お~、ということは卒業式で見られているというわけか…。
ちょっと恥ずかしいな。

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2009.03.12

そこまでなめたらあかんよ

ま、ボクに向かってくるぶんにはいいけどね…。
受けとめるのも仕事、だから。
辛抱しちゃるけどね…。

でも、他人に向かっていったらあかんよ。

ボクは殴り方からきちんと教えてもらっているから…。

効いたやろ。

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2009.03.02

覚え書き

新採の2人に見せる授業に配った文。

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20年度「大造じいさんとガン」の授業についての覚え書き

「○○という言葉から主人公の~という気持ちが分かります」のように子どもたちが言う国語の授業がある。H小がこれに近い方法でやっていると思う。

新採5年目、2校目でこの授業のやり方を手取り足取り教えてもらった。「大造じいさんとガン」で。そのときは教えられた通り授業をした。

しかし、この授業では「読み取る力」は積み上がっていかない。
なぜか分かりますか?
憧れている「話し合いのある授業」にもならない。
なぜか分かりますか?
でもほんの少しメリットがある。
それは「言葉を切り出す」ことを学習すること。
今の学級に、大造じいさんの気持ちが分かる言葉を書きましょう(抜き出しましょう)。と課題を出したとする。
学級の子は「大造じいさんは、今年こそはと、かねて考えておいた特別な方法にとりかかかりました」と文章のほとんど全部を抜き出すはず。
しかしここは「かねて」の部分だけを抜き出してほしいところだ。
こういうことができるようになることを「言葉に敏感になる」という言い方をする人もいる。

この方法で、一、二の場面を扱うことにする。
三の場面では、「気持ちの分かる言葉」に加えて、分析批評で言う「クライマックス」を扱う。クライマックスを考えるのは「わらぐつの中の神様」に次いで二度目になる。
「クライマックス」という言葉は使わない。
「大造じいさんの残雪に対する気持ち・見方・考え方がガラッと変わったところはどこか」と問う。
これは「が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました」のところをとらえて、「なぜじいさんは残雪を撃たなかったのだろう」と考えさせるのと似ているようで全然違う。
どう違うか分かりますか?

四場面は大造じいさんが冗長すぎて扱いにくい所だ。
「バシッ」を扱いたいところだが…。「鳥小屋」と「おり」を対比させるかも…。

でもま、こんな混沌とした扱い方(良いとこ取りの)の授業は、国語の研究校ではぜったいできないことですので、いろいろやってみたいと思っています。

2 発問案
①「一」は何日間のことが書かれていますか
①「大造じいさんの残雪に対する気持ちが分かるところを発表しなさい」
②「二」は何日間のことが書かれていますか
②「大造じいさんの残雪に対する気持ちが分かるところを発表しなさい」
②「一」と「二」では、同じですか?違いますか?
③「三」は何日間のことが書かれていますか
③「三」の大造じいさんの残雪に対する気持ちを考えなさい
③「大造じいさんの残雪に対するか気持ちがガラッと変わったと分かる文はどれですか」
④大造じいさんや残雪(ガン)のことに全く関係のない一文がそれぞれの場面にあり ます。
それはどの文ですか。
この文があるのとないのとではどう違いますか?

ところで
「秋の日が、美しくかがやいていました」
「あかつきの光が、小屋の中にすがすがしくながれこんできました」
「東の空が真っ赤に燃えて、朝がきました」
これを大造じいさんの気持ちが表れているとする授業があるが、それは違う。
それでは国語の授業とは言えない。
私が冒頭に書いた時代には、この一文に大造じいさんの気持ちが書かれていると教えてもらった。そのときは腑に落ちぬまま勉強不足で反論ができず、子どもを無理やり押し切った。
しかし、何でこの文に大造じいさんの気持ちがあるのだ、と悩んでいた子があった。
ここは、大造じいさんの気持ちを象徴している文であるとか、気持ちを想像させる効果がある(BGM効果)文であると言わせるべきだろう。

3 伸ばしたい力
①単語から気持ちを想像する力
②発言する力
③友だちの考えを聞く力

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