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2009.03.02

覚え書き

新採の2人に見せる授業に配った文。

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20年度「大造じいさんとガン」の授業についての覚え書き

「○○という言葉から主人公の~という気持ちが分かります」のように子どもたちが言う国語の授業がある。H小がこれに近い方法でやっていると思う。

新採5年目、2校目でこの授業のやり方を手取り足取り教えてもらった。「大造じいさんとガン」で。そのときは教えられた通り授業をした。

しかし、この授業では「読み取る力」は積み上がっていかない。
なぜか分かりますか?
憧れている「話し合いのある授業」にもならない。
なぜか分かりますか?
でもほんの少しメリットがある。
それは「言葉を切り出す」ことを学習すること。
今の学級に、大造じいさんの気持ちが分かる言葉を書きましょう(抜き出しましょう)。と課題を出したとする。
学級の子は「大造じいさんは、今年こそはと、かねて考えておいた特別な方法にとりかかかりました」と文章のほとんど全部を抜き出すはず。
しかしここは「かねて」の部分だけを抜き出してほしいところだ。
こういうことができるようになることを「言葉に敏感になる」という言い方をする人もいる。

この方法で、一、二の場面を扱うことにする。
三の場面では、「気持ちの分かる言葉」に加えて、分析批評で言う「クライマックス」を扱う。クライマックスを考えるのは「わらぐつの中の神様」に次いで二度目になる。
「クライマックス」という言葉は使わない。
「大造じいさんの残雪に対する気持ち・見方・考え方がガラッと変わったところはどこか」と問う。
これは「が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました」のところをとらえて、「なぜじいさんは残雪を撃たなかったのだろう」と考えさせるのと似ているようで全然違う。
どう違うか分かりますか?

四場面は大造じいさんが冗長すぎて扱いにくい所だ。
「バシッ」を扱いたいところだが…。「鳥小屋」と「おり」を対比させるかも…。

でもま、こんな混沌とした扱い方(良いとこ取りの)の授業は、国語の研究校ではぜったいできないことですので、いろいろやってみたいと思っています。

2 発問案
①「一」は何日間のことが書かれていますか
①「大造じいさんの残雪に対する気持ちが分かるところを発表しなさい」
②「二」は何日間のことが書かれていますか
②「大造じいさんの残雪に対する気持ちが分かるところを発表しなさい」
②「一」と「二」では、同じですか?違いますか?
③「三」は何日間のことが書かれていますか
③「三」の大造じいさんの残雪に対する気持ちを考えなさい
③「大造じいさんの残雪に対するか気持ちがガラッと変わったと分かる文はどれですか」
④大造じいさんや残雪(ガン)のことに全く関係のない一文がそれぞれの場面にあり ます。
それはどの文ですか。
この文があるのとないのとではどう違いますか?

ところで
「秋の日が、美しくかがやいていました」
「あかつきの光が、小屋の中にすがすがしくながれこんできました」
「東の空が真っ赤に燃えて、朝がきました」
これを大造じいさんの気持ちが表れているとする授業があるが、それは違う。
それでは国語の授業とは言えない。
私が冒頭に書いた時代には、この一文に大造じいさんの気持ちが書かれていると教えてもらった。そのときは腑に落ちぬまま勉強不足で反論ができず、子どもを無理やり押し切った。
しかし、何でこの文に大造じいさんの気持ちがあるのだ、と悩んでいた子があった。
ここは、大造じいさんの気持ちを象徴している文であるとか、気持ちを想像させる効果がある(BGM効果)文であると言わせるべきだろう。

3 伸ばしたい力
①単語から気持ちを想像する力
②発言する力
③友だちの考えを聞く力

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