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2009.12.11

異議あり(2)

方法を云々するような授業は求められていないらしい。
理由は、心を育てるというのを目指しているからだという説明を聞いた。
(よくは分からないけど)
だから「マジシャンはどうしたらいいでしょうか?」
というような発問は、うちでは考えられないということになっている。
この発問は、方法を考えることにつながるからだ。そうだ。

ここでは争わないことにしよう。
今さらボクに土俵は作る馬力はない。

うちでよく言われているのは「気持ちを勉強するのが『どう説く』の授業です」である。
だから過去の集録を見ても、発問は「この時の○○はどんな気持ち?」のオンパレードである。

メチャメチャ簡単な発問なのに、研究会前、どうしてあんなに遅くまで悩む必要があるのだろうかと思う。
でもこれは実際にそんな授業をやったことのない者の戯言なんだろう。多分。

酷語の授業で、直接気持ちを問わず間接的に問うということをモットーとしてきたボクにとって「この時の○○はどんな気持ち?」という問い方はかなり楽だと言える。
それに、この問い方は誰でもできる。大学生だってできる。

ん~。

でも、先生方があれだけ悩んでいるのだから、まだまだ深いものがありそうだが、今のボクには分からない。

問いを出した後、教師の望んでいる言葉に誘導するための返し方を考えているのか?


それに
例えば
「この時のマジシャンの気持ちはどんな気持ちだったと思いますか?」と問われて、
ある子が「この少年も、やがては自分みたいなマジシャンになってくれると願っている」と答えた子がいて、
じつは、その答えは協議会で絶賛されたのだけど、ボクは鳥肌がたった。

そして
ボクにはそのようなストーリーを創る才能がないらしく、ここに来て何度もそういう(codomoの)発言を聞いても答えられるようにはならない。

つまり
「この時の○○の気持ちは?」と聞かれて、
答えられる子はどんどん答えていけるけど、
どのように考えたらその気持ちが浮かんでくるのかを疑問に思ってる子にとっては、
その子(すごいことを言った子)の発言は、他の子の学びにはつながっていない。のではないか。
そうだとすれば
この聞き方は、一斉授業でOKなものなのか。などなど。

ということで
うちの「どう説く」の授業は、ストーリーテラーを創っているようにしか思えないボクにとって、勤めるのはしんどいな。

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