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2010.01.28

「立候補」できるということ

児童会役員の立候補者を募った。
4年生は副会長と書記。
5年生は会長と書記に立候補できる。

4年生のある学級が10人の候補を送り込んできた。
すごい馬力だ。
よい学級に育っているのだろう。

それを知った一人の5年生が次のように言った。
「そんなにたくさん立候補してもいいん?うちの学級では、3人までと言われた」
これが多くの学級の実情だ。

人数を絞るのは、学級の票が割れるのを防ぐ、とかの理由があるように聞く。
また、推薦で立候補者を選んでいる学級もあるように聞く。
「10人も」と訝しむ教師もいる。


ここに教師の思想が現れている、と言っては大げさか。
思想だけでなく、今までの取り組みの成果が現れる場面だ、と言っては大げさか。


推薦させれば、いわゆる「できる子」と見られている子が推薦されることが多い。
子どもの中での(そういう面での)上下関係を認めさせる場になる。

立候補をさせると、上下関係は顕わにはならない。
しかし何人が立候補するかがバロメーターになる。
それは担任の今までの取り組みの評価と考えてよい。

悲しいかな
ボクの学級の立候補者は2人でした。

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