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2010.03.28

第3回『学び合い』を学ぶ会in東京

第3回『学び合い』を学ぶ会in東京(3月27日)に参加しました。
「~はじめよう!『学び合い』で“We”になるクラスづくり~」という副題にも惹かれるところがあって…。

去年に続いての参加です。

場所は女子聖学院。
12時から『学び合い』で学習しているビデオが流されます。
実際の授業だけに、ここをもうちょっと詳しく見たかった。
でもその願いはかなえられず。
ビデオの音声に解説の方の音声がかぶったり映像を早送りされたり…と。

水落先生の講演はよく分かりました。
『学び合い』についての考え方はよく分かっているつもりです。

あとはいかに実践をするか、です。
その際、従来のボクの授業との関係をどうするかが問題です。
(ボクの心の中での位置づけです。CoDoMoはそんなことは全然問題にはしないだろうと思ってます)

講演の後は模擬授業。
模擬授業と言っても、ボクたち参加者が『学び合い』の授業の体験をするというものでした。
ボクは与えられた課題を解いているときに、周りのツイートを耳にして、静かに考えたいな~と思っていました。
でも、このような考え方では「We」にはなれないのです。
「We」はボクの苦手な概念だな。

その後、スカイプを使った西川純先生への質疑応答やバザールが続きました。

『学び合い』を始めれば何かが変わるはず。

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2010.03.08

授業公開

道徳の公開授業をした。
資料の提示方法について問題提起したつもり。

うちは資料を丸ごと与えている。
だから結論を知った上で、葛藤場面の登場人物の気持ちを考えさせるというような授業がある。
例えば「てじなし」では、次の日、男の子の所に行ったということを読んだうえで、電話がかかってきた時のてじなしの迷いを考えさせる。

これで子どもたちのエネルギーは高まるのか。

というのが疑問だったので資料をカットした。

<続くかも>

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2010.03.06

減らない行事

年度末の反省の会議で、学年の発表の集会(延べ3時間=3回)をやめようと言った。今の職場に来て、3年連続で言っている。

今年の集会はインフルエンザの影響で、予定されていた3回のうち、1学期の1回しかできなかった。

「今年は集会ができなかったことで、子どもの姿に残念な姿がありましたか?」
「集会発表があれば、あの子のこんな姿が見られるはずだったのに、今年は見られなかった。というような姿が思い浮かびますか?」
「もし、そういうのがなければ、集会をやらんでもいいということじゃないですか?」
「やめようというと、何かネガな感じがするけど、授業時間が増えるということです」
などと発言したが…。
(もちろん、もっと柔らかな言い方をした)

同意してくれる人が一人。
でもその方は、今年赴任したばかりなので、今までのを知らない上でと、断りをつけておっしゃる。

そして「発表するときは、何を発表するかを考えるのは大変しんどいけど、他の学年の発表を見るのは楽しみ」という意見が一人。

この件については、Bossはもちろん何も言わない。

「続けるという意見が多いので、来年度も続けるということで…」と司会。

謎だ。

自分たちで行事は減らせるのに…。
「止める」「減らす」を悪いことのように思っている。
勇気がないというか覚悟がないというか。
教育課程を作れるのは自分だという意識がないのか。

別件で
ある行事は費用対効果、時間対効果が少ないので止めようと言うと
「帰りの時の子どもたちの目が輝いていたから…」と言う。
ウソつけ。
その行事をぼやいていたのは、あなただろ。

いったい、どこ見てるんだろ。

一度やった行事はなかなか減らないね。
腹の周りについた脂肪が減らないのといっしょだね。

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