« aviファイルだった | トップページ | 吟味読み »

2010.12.12

数多くの考えが出せるということ

隣の新人○○くんがボクの板書を見て「何をされているのですか」と聞く。
『ニュース番組作りの現場から』を序論、本論、結論に分けろという課題を出すと、これだけ(11通り)出たんだと答えると彼は言う。
「すごいですね。うちの学級はこんなにも出ません。せいぜい2,3通りです」


そういう考え方もあるかと妙に納得した。
ボクは“この時期になってまだ読めていない。だからこんなに多くの考え方が出るのだ”と授業をしながら心の中でぼやいていたからだ。


そんなふうに言われ、改めて考えてみると、子どもたちは自分の考えをみんなの前に出すことに抵抗感が少ない。
多数派じゃなくたった一人であっても自分の考えを(堂々と)述べる。
友だち関係を気にしてその子の考えにバイアスがかかっているな、と感じることはない。


ボクはえらそうに彼に言う。
「教室は間違えるところだ、ってあるでしょ。しょっちゅう誰もが“間違う”ような授業を続けていると、この時期になれば“間違う”ことは恐れなくなる」


彼もたいしたものだ。
自分の学級と比較して言えるのだから。
ボクが新採の頃はとうていそんな見方ができなかった。

|

« aviファイルだった | トップページ | 吟味読み »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/27801/50278428

この記事へのトラックバック一覧です: 数多くの考えが出せるということ:

« aviファイルだった | トップページ | 吟味読み »