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2011.08.30

向山洋一『デジタルアーカイブシリーズ「雪(三好達治)」』を聞いて

この授業は、一言で言って、温かさに満ちています。

まだ読み方を教えていない「三好達治」を「さんこうたつひろ」と読んだ子に言う言葉。
「いや、いいんですよ。そうじゃないかなと思ったんだからね」
そして、読めない漢字を「わからない」といった子をほめる言葉。
「わかりませんと、それはそれで立派ですね」
文字ではもちろん伝わらないが、声の調子が温かいのだ。
でも、それだけですまさない。厳しいチェックも入る。
「立派じゃないのは、○○さんと○○さんでごまかそうとして、通過ですね」と。

この授業は問題づくりがメインの授業なので、一問できたら持ってこさせる。
そのときかける言葉の優しいこと。
解説p77に次のように書かれている。
「向山氏は、子どもの考えを否定しない。子どもの言葉そのまま受け取って繰り返す。」
具体的には
T「何だと思う」
C「雪」
T「雪だと思う。はいわかりました」

T「どんな屋根ですか」
C「犬かもしれない」
T「犬かもしれない。なるほど」のように繰り返している。
このときの声が聞いていてとにかくホッとする声なのだ。

この授業は2月におこなわれている。
2月になってもこのような温かい言葉かけを続けておられるのだ。
(ボクだったら、温かい言葉は、お互いの探り合いの時期の5月までだ(+ _+;;)\バキ!!


「屋根」を「へや」と明らかに読み違えているのに、その時、子どもたちのざわめきや「やねやで」という声が入らないのはなぜだろう。
聞いていないのではない。
読み違いに対して他の子のチェックが全く入らないということでもない。

ここはもう少しボクの学級と比べて考えなければわからないところだ。

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2011.08.29

向山洋一『デジタルアーカイブシリーズ「雑草のうた」』を聞いて

1997年9月12日の授業。自分の学級ではない。飛び込み授業だ。
自身の学級の子どもたちとの授業の雰囲気と、何か違いは読み取れるのだろうか。

T「久しぶりに、全員起立」という言葉の後に、「あ~、でた」という子どものつぶやきが入る。(このつぶやきは、記録には載っていない)
この開始間際のやりとりから、初めて顔を合わせての授業ではないと分かる。
当然ながら、教師と子どもたちとのリズムが合っていないところがある。
ボクが感じたのは終盤、
「さんはい」と言って答えを一斉に言わせるところだ。
微妙に子どもたちのモタモタが感じられる。
その後すぐ、みんなで詩を精読する場面で、氏は「もっとはやく読みなさい」と言って緊張感を持たしてモタモタ感を払拭する。

全体的に粛々といった感じで授業が進む。
しかしすべきことが多い授業なのに、子どもの面白い意見を取り上げるのだ。
「これは、先生も分からないけども、溝口さんの答えがおもしろかったので、取り上げます。みんなも考えてください」という場面だ。
こういう場面が用意されることによって、たった一人であっても周りに阿ずに自分の考えに自信を持つ子が現れるのだろう。

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2011.08.26

方向違い(2)

また特集をやっていたけど、どうやら無料化は8月末で打ち切りになるらしい。
今日のテレビではインタビューに答えて「高速料金は運転手持ち」というドライバーがいたけど…。
そら、Uターンするわな。

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2011.08.25

ゲストに失礼

Tくんの授業について外部の方からのアドバイスをもらう会。
全部で3人するので3部屋がいるはず。
ところがコミュセンの大部屋一つと小部屋一つしかおさえていない。
つまり、大部屋で二つの会がおこなわれるというわけ。
大部屋と言っても約40人が会ができる広さ。
そこに、10人×2グループが協議をする。
隣のグループの声が聞こえてきてかなりノイジー…。
来てくれた方も耳の後ろに手を当てて聞いている始末。
何でこんなことするんだろうね。もう一部屋取ればいいじゃない。
自分のことだけでなく相手のことも考えましょうとやってる「どう説く」なのに、この無神経さ。

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2011.08.24

向山洋一『デジタルアーカイブシリーズ「ふるさとの木葉の駅」』を聞いて

氏の36歳の時の授業。対象は6年生。1981年5月14日の授業。

まず、発言の仕方が鍛えられています。
次のようなやりとりがあります。

C:「僕は、井上さんが「母がいない」と」
と言った瞬間に、向山氏が
T:「いい。自分の発表だけでいいから」と時間短縮を図った言葉を言っています。

この授業にはいっぱいやることがあったので切ったのだと思いますが、
前に言った子の発言につなげて、というか、そういうルールがあり身についているのがわかります。


次に、発言する子の声の自由闊達さが印象的です。
伸び伸びと発言しています。
ボクの学級のように、発言をしなければいけないから発言をしているという雰囲気はありません。
自分の考えに自信を持っているというか、喜んで言っているという言い方です。


さらに、自由度です。

C:駅に一回電車が止まっちゃって、
T:止まっていないって言ったよ、さっき。
C:止まってないけど僕の場合止まったの。止まった。ローカル線だから止まっちゃった。(略)
T:なるほどね。
というくだりがあります。

先ほどまでの話し合いの中で、止まっていないということが前提となっているにもかかわらず、「僕の場合止まったの」と言える子がいます。
さらにそれを「止まっていないって言ったよ、さっき」と言った後、子どもの考えを聞いて「なるほどね」と受け入れる懐の深さが見えます。

『教師の成長は子供とともに』向山洋一(明治図書)のp91に
「こう考えると、向山先生の授業は、独自の考え方や個性ある意見を持つことをねらいとした、一人一人を生かす授業なのではないか」と、この授業を参観した横浜国立大学生が書いた文が載っていますが、
一人一人の考えを生かすというのは、こういう子どもが現れることだと具体的に示してくれているように思います。

極めつけが
この授業が5月14日におこなわれたことです。
この学級は、持ち上がりだったのでしょうか、それとも組み替えがあったのでしょうか。
前者であれば、「ま、なんとなくこういう雰囲気の学級はわかる」と言えますが
後者であれば、…。とんでもないこと。…。ですね。

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『彼らが日本を滅ぼす』『ほんとに彼らが日本を滅ぼす』佐々淳行(幻冬舎)

『彼らが日本を滅ぼす』『ほんとに彼らが日本を滅ぼす』佐々淳行(幻冬舎)
日本が「法治国家」だということをあらためて知らされた。
そして、国のリーダーは、深い歴史観に支えられた明確な理念を持つ胆力のある人でないと勤まらないのだ。
さて、次になるのは誰だろう。

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2011.08.23

調子に乗りすぎ?

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左が届いたブツ。向山洋一デジタルアーカイブシリーズ。国語と社会編。
右が嫁さんと子どもたちがユニクロにいる間に買ったもの。
『るるぶ高知』『ご当地「駅そば」劇場』『最高齢プロフェッショナルの教え』
『RayOfHope』
あと、写真にはないがツイッター本も1冊。

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2011.08.22

科学的「読み」の授業研究会 第25回夏の大会(8/20・21)@成蹊大学に参加しました

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久しぶりに「読み研」の大会に参加しました。
感想を一言で言うなら、地道に勉強を続けなければあかんということです。
それを思い切り感じさせてくれたのは、代表の阿部 昇先生の基調講演でした。
説明的文章は、説明文と論説文に大きく分けられると、どこかで読んだことはありますが、ボクのいつもの常で、違いを突き詰めて考えようとはしませんでした。
講演では違いを補って説明して下さるのですぐに分かります。
なので「生き物は円柱形」や「『鳥獣戯画』を読む」が論説文だと聞いたときは「!」でした。
論説文と説明文とでは授業にどこか違いがあるはず。なのに、それを意識していなかったということに気づかされたのです。
先日アップしたのが恥ずかしくなり、消そうと思いました。が、ま、勉強せんとあかんぞという戒めとして残しておきます。

2日目の、鶴田清司先生の記念講演やそれに続く阿部 昇先生との討論的対話も刺激的でした。また、教科書づくりに携わったお二人の教材や手引きに対する裏話なども聞けて、「なるほどだから…か」と思うことがたくさんありました。
行ってよかった。

道程はこちら

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2011.08.17

録れていなかった(2)

この授業は「生き物は円柱形」(光村五)の最終段落が、それまでに述べられてきたこととほとんど関係のないものであるということに気づかせる授業であった。
それなりにそうなったはずの授業だった。(笑)
が、45分のうち11分余りしか録れていなかった。
その時、ICレコーダーの電池を入れ替え、日時などを設定し直しているとちゅうで「声が小さいときは録らなくてもよいよ」モードになってしまったのだ。
痛恨の極みとはこのこと。
今日、改めて聞き直してみて、なんとか記録っぽいものを作ろうとしたけど、さすがに四分の一の断片では無理だと分かった。(まるで、ボクのS2の再建みたいに思えた)
悔しいので板書だけでもUP。
Or
授業終了後の板書。
かなりの子が「共通性」に考えがかわった。


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ほんもの(?)

野中信行先生のブログ『風にふかれて』の8月6日(土)の記事「仕事術チェックリスト」に次の文章がある。

>教師生活が3,4年も経過すると、学校の仕事がどっと回ってくる。
>パソコンなどが使えると学校の仕事にかかりっきりになる。
>ほとんど学校の仕事優先になり、学級の仕事が後回しになる。
>これを毎日毎日こなしていると、自分は教師としての力量がついているように錯覚する。
>錯覚なのだ。
>教師としての力量をつけるとは、学級経営の力量であり、授業力の力量である。
>学校の仕事をてきぱきこなす力量ではない。(これもやらなければいけないが…)
>ここを勘違いするべきではない。

「錯覚」の時期を通り抜けた今、思うことである。

今、ボクの周りでは世代交代の波が押し寄せてきて、あっという間に出勤簿の上から5,6番目になってしまった(悲)。
(一番と二番はボクより若いBossと副Bossだ。だから歳の順でいえば…)
すると学校の暮らしはどうなるか。
大きな行事は若手が任せられる。
ボクにきているのは、人権主任と学年主任だけだ。
学年の方は相方2人が30代だから「これ、お願い」と振るだけでOKだ。
肩の荷が軽い気がする反面、どこか物寂しくなり、隠居したのも同然だなという気分になることがある。でも、その分昔より多く学級の子どもたちに向き合っているという気持ちが強くなっているのも事実。
特にここ数年は、それまで取り入れていないことを少しだけど導入しているので、ワクワク感を感じることも多い。

「教育は、五十歳を越えてからがおもしろい」とは、杉渕鐵良先生の言葉だが(『教師のチカラ』006 p88)、ボクは、定年というゴールがうっすらと見えだしてきたころに授業の面白さに気づくようになっているのだ。
なので、はやく2学期が始まってほしい。
という気持ちには全然ならないけど(笑)。

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2011.08.11

事前検討会

市の西端の小学校の研究会の事前検討会

「指導に当たって」の所で言ったこと
■研究主題と本単元、本時との関連が書かれていない。
■授業者のこだわりや熱い思いが書かれていない。例えば、指導案の第一文は「本単元では」が主語で「学習する」が述語の文になっている。
その後、分かったことだけど、授業者は、国語の指導書を丸写ししていたのだ(笑)。
だから主語に「子どもたち」という言葉が一つも見当たらないのだ。

「文末表現に注意して事実と感想・意見を押さえる」の所で言ったこと
■文に書かれたものは、事実を切り取ってきたものだからもはや事実じゃなく「事実」であるという考え方がある。(ここで宇佐見寛先生の名前を出して権威づけを図るボク(笑))
「もんどりうって転がった兎の背中や右足の線。勢いがあって、絵が止まっていない」の「いない」を根拠にして、これを事実と考えるのには無理がある。
ここの「勢いがあって」というのは完全に筆者の考えが現れた文だ。

授業者は28歳の若い男性。
な~んか、息子に言っている気がして仕方なかったです。
でも、指導書の全文コピーはいただけないな~。

他、できる子の意見にみんななびいてしまうという悩みに、
ボ「その子を指名しなければそれですむ話」
授「できる子しか挙手しないんです」
ボ「そら、発問や課題が悪いわ」

ボ「間違うことが平気というような授業(学級)の雰囲気を1学期中につくる」
などなど、調子に乗ってしゃべってしまいました。
でも、かなり伝わったようで嬉しかったです。
前夜にボクなりに考えておいて正解!

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2011.08.10

昼食

普段の昼食のメニューは給食だから選びようがないので、この時期は昼に何を食べようか楽しみです。朝から、今日は何を食べようかな~と。それが楽しみ。
といってもワンコインの弁当です。(外食は誰もしない)
幕の内弁当に始まり、海苔弁、高菜弁、唐揚げ弁、おろしとんかつ弁、おろしキチン弁、おろしハンバーグ弁等々と続き、今日は海苔ミックス(ミンチカツ・唐揚げ・白身フライ)。
今日は日直なので注文を取りに行くけど…弁当の注文は3つ。あと一人は弁当持参。
そ、今日は4人しかいません。

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2011.08.09

掃除をしない教師

夏休みに入って家出時間が1時間遅くなると、見えてくる景色が違う。
今日は、開店前の掃除をしている姿が目についた。

11時開店のはずなのに、8時過ぎに掃除をしている。おまけに、店に接している県道の吸い殻まで集めている。
ショーウインドウを拭き上げている姿や、
入り口の足下のタイルの目地を擦っている姿が目についた。

飜って…。
ボクの周りには……(笑)。

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2011.08.08

第7回教室『学び合い』フォーラム2011in東京(8/6・7)に参加しました

第7回教室『学び合い』フォーラム2011in東京(8/6・7)に参加しました。
場所はオリンピックセンター。
一度、何かの会で来たことがあります。
あのときは雨で、歩道橋を降りるとすぐに自動車に水撥ねをいただきました。
今回は、通風あがりで階段がしんどかったです。

■西川先生の言葉
「学ぼうとする子はやり易い。学ぼうとしない子をどうするか。その子たちを見捨てたら一生を台無しにするということ」
「仲良くなったふりはできる。しかし成績のふりはできない」

肝に銘じておきます。

■三崎先生の言葉
「グループが勝手にできて、そして消滅して新たなグループが生まれる」
「司会が消えては現れ」

この二つは、ボクの『学び合い』の授業では見えない姿です。
だから、ボクの何かが間違っているはず。
多分「語り」だと思うけど…。もう一度、関連書籍を読み返します。
それと、「ゲートキーパー」役が存在しているのかどうか、を2学期に注目することにします。

■阿部隆幸先生の言葉
一つ目。
「理念達成のための技法を考える」という視点がとてもぴったりきました。
特に参考になったのは、社会科の学習計画の作り方。
指導書を利用して課題を作るというのは以前にも聞いたことがありますが、こういうふうにすればよいのだと実感できました。
さっそく2学期からやってみたいですね。

二つ目。
「今の立ち位置だからこういう社会科の授業になる」
この言葉は、目の前の子どもにこういう力をつけたい、ということから授業を考えたから出るものだと思います。
○○科の授業は、こうでなければならぬというのはちょっと違うと思います。

2学期が楽しみ!

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2011.08.04

今日も

今日も昨日と同じ。
痛みは減ってきたけど…。明日から復帰できるかな。

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今日届いたブツ。
Photo
久しぶりに見た『パピヨン』。
切ないBGM。きれいな背景。やはりいいな。

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2011.08.03

安静

予定では休みを取って単車で阿蘇周辺にいるはず。
同じ休みでも自宅で安静。
コル○チンの副作用(?)で厠通いなのだ。

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アマゾン箱に入ったまま放置していた3冊に目を通し、少しだけ悶火省事業の仕事第2弾に取りかかる。
どこにいても、やることは同じ。
『わかったつもり』は2冊目www。

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2011.08.02

録れていなかった

20日からの読み研の会に間に合わそうと、今日もテープ起こしをするつもりで行ったけど…。
45分録れているはずが、なんと11分少ししか録れていないことが分かった。
これじゃあ起こしてもな~。
大ショック。
ちょっと問題性のある提案ができるはずだったのに…。
ICレコーダーに何があったのだろうか。
足は痛むしもくろみはくずれるし…。

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