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2013.01.31

60歳の退職の年の自分をイメージする

石川晋さんは60歳の時をイメージできないと言うが、ボクはさすがにこの歳になるとかなり明確にイメージをえがける。
その時を一言で言うと「教師の仕事に夢と自信がなくっている」だろう。(真逆であってほしいが)新採の時と同じようになるのだろうと思う。

自信をなくすということは、それまで当たり前のようにできていたことができなくなることからだ。
例えば、帳合いをするときに一枚一枚の紙が取れなくなる。皮膚が乾燥しているのだ(笑)。昔は握手をするのが嫌なほどベタベタしていた手のひらが、近ごろはカサカサだ。
身体的なこと以外に直近のことで例を挙げると…。

受験調査書のコピーを取っていたこと自体を忘れてしまって、取っていないとBossに謝ったこと。
取っていないはずはないと思いながらもブツがなければ取っていないと言うしかなかった。結局、家に持ち帰っていたのだ。orz

8月にした○テの入力。グラフがおかしいと言われ、入力ミスかもしれないと知れないと心配したこと。(テスト自体を返却していたので再入力はできない状態)
あれだけ慎重に入力してチェックしたのに…、あの頃はメガネの度があっていなかったからそれが原因かも…と、どんどんネガな方に思ってしまった。
結局、グラフの解釈に間違いがあっただけのことだった。入力ミスではなかったのだ。

と、こんなふうに自分のパフォーマンスが自分で信用できなくなってくる。
日に日に自信がなくなってくるのだ。

「夢」と「新採の時」はまたいずれ…。

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コメント

よし! 先生の教室を見せていただきに行こうかな。

野中さんは、多くの先生は授業は歳を取るほどに上手になると思ってるけどそれは間違いで、30代後半から40代半ばが一番うまいんだとおっしゃっています。これは誰も言ってこなかったではないでしょうか?

では、40代後半になってから、徐々に授業がダメになっていく中で、代わって残っていくものはなんでしょう。

たとえばクラシック音楽の演奏家のディスクを丁寧に追っていくと若き日の名演以後、少しずつフェイドアウトしていく人がほとんどなんですね。でも、極一握りですが、各年代に置いて、全く違う輝きを放つ演奏家、90代になっても賛辞を浴び続ける演奏家とかもいるのです。では、それを分けたものはなんだろう・・・と。私は最後まで普通の教師で終わりたいと思っていますから、これは重要かつ重大なテーマです。

投稿: 石川晋 | 2013.02.09 21:54

石川晋さん
コメントありがと~。

コメント返しの遅さに、すでにフェードアウトしかかっていることがあらわれていますね。

今頃になって「今年度、休まずに済んだ。でも、それは自分がかわしていたからであってガチンコにいかなかったから…」というような気が強くしています。
(実際はめいっぱいいっていたはずなのに、この達成感のなさはなぜだろうと戸惑いもあります)

周りを見ると、特に10年選手の輝き振りはまぶしいですね。授業、ふだんの仕事ぶり、会議の司会など。
今の学校は若い人が圧倒的に多いので、オタオタしているのは自分だけというような錯覚にとらわれることがあります。

昨年度の離任式で「あんな最先端の学校に行って、先生、ついて行んの~」と泣きながら言ってくれた言葉が浮かんできてます。(笑)

投稿: きしゅう | 2013.02.16 08:13

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