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2016.11.16

また行った

市一斉の研修会第2回目。
前回と同じく研究所長を通して(許可をえて)、ある学校の国語の研究授業を参観した。

その学校では今年から「的」というキャッチー(?)な言葉を使って研修を進めている。
でも研究主題達成のための手段であるべきはずの「的」をどう達成するかが悩みの種になっているらしい。
それを聞いて、本末転倒だ、というようなことを協議会で発言した。

授業者の若い教師が子どもの発言に対して「それって、どういうこと」と聞き直す。これはこれで悪くはないのだが、最終的には「それってどういうこと」「もう一回言って」みたいな言葉が子どもから出るように、今後、意識していけば、というようなことも続けて言った。
研究の方法についてと本時の教師の行為について言ったつもり。

後ろに座っている人が「感動した。あれだけ語れる子がいる。あの子たちだったら、さらに…」と言った。
2,3人のしっかり話せる子の発言を念頭に置いて、学級全体ができているとでもいうような物言い。こういう言い方をよく耳にする。
「子」が、「子たち」や「この学級の子(全員)」に増加するのだ。
以前から気にはなっていたが、『学び合い』の「一人も見捨てない」という考え方を知ってしまった後ではなおさら、先のような言い方は寒々しさを感じて仕方がない。「あれだけ語れる子」に全員到達させるには、というベクトルに話が向くべきだと思うのだ。できていない子を見なさすぎる。

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